昔から、負ける戦いに好かれていた。 もしかしたら自分はそんな星の下に生まれているんじゃないかとすら思ったくらいだ。 何度も痛い目を見ながら、次こそは、次こそはと思い続けた。 ―――けれど、またしても。 運命の女神様は私に微笑んではくれなかった。 =Side view 遠山 翠= 【届かぬ想い】 「俺、好きなやつがいるんだ」 「うん、知ってる」 沈痛そうな面持ちで朝霧君が言葉を紡ぎだす。 その内容は私の予想通りのものだった。 そう、そんな事は解っていたのだ。 私が彼―――朝霧達哉を好きになった時から、ずっと。 それでも、一縷の望みに掛けてみたかった。 「……え?」 私の返答が予想の範疇外だったのか、彼はきょとんとした表情でこちらに目を向ける。 本当に気づかれていないとでも思っていたのだろうか。 「ほかの人は知らないけど、この翠さんの目はごまかせないですよっ」 「そっか、バレバレか」 「まぁね」 多分、というよりほぼ確実に他の人も知っていたとは思うけどね。 そう心の中で付け加えながら、胸を張る。 せめて笑顔のままで彼を見送ろうという私の最後のプライドだった。 「朝霧君は、やっぱし菜月と一緒に居るのがいるのが似合うよ、悔しいけどね」 「でも……菜月がOKしてくれるとは限らないし」 「はい?」 一体何を言っているんですか。 「だから、菜月が俺を好きとは……」 呆れた。 私はこんなに鈍感な男の子に惚れていたのか。 「うーわぁ、菜月も大変だこりゃ」 「どういうこと?」 尚も彼は首を捻ったままだ。 これはかなりの筋金入りらしい。 ほんとなら私が泣き崩れて、朝霧君はそれを見つつも走り去っていくのがこういう状況のお約束ではないのか。 こんなときまで助け舟を出さないといけないなんて、本当に鈍感にも程がある。 そんなことを考えながらキッ、と彼を睨みつける。 負けたのは私の方なのに……ほんとに酷い人だ。 「わたしと付き合ってくれたら教えてあげる」 それが最後の強がり。 見え見えの嘘台詞と、とびっきりの笑顔。 朝霧君は一瞬驚いたように目をぱちくりとさせた。 「さ、菜月んトコに行った、行った」 「あ、ああ」 「ほら、早く早く早く」 ああ、とは言うものの動き出そうとしない彼に向かってヒラヒラと手を振る。 もうこの場に留まっちゃいけないんだというのが伝わったらしく、彼はすまんと一言残すと一目散に走り出していった。 私はその背中を見えなくなるまで見送る。 「ったく、あんなの続けられたら、こっちが泣いちゃうっての……」 彼の姿が完全に見えなくなってから、ぽつりと愚痴を洩らす。 危うく笑顔で見送れなくなるところだった。 「朝霧君の……アホ」 その一言を発した瞬間、涙腺が緩んできた。 慌てて気を取り直す。 ここは曲がりなりにも天下の往来。しかも人通りの多い商店街の出入口。こんな所で泣き崩れるわけにはいかない。 せめて家に戻って自分の部屋に入るまでは耐えないと。 そう決意して、踵を返す。 家に着くまでの十数分が、いつもの倍以上に感じられた。 * * * 「ただいま〜」 いつもどおりの挨拶をして、いつもどおり部屋に戻る。 普段と変わらない行動なのに、何故かそれがとても馬鹿らしいものに思えた。 エアコンのスイッチを入れてそのまま後ろのベッドにうつぶせになって倒れこむ。 僅かな機械音と共に吹き出てくる冷風が、少しだけ体を癒してくれた。 「――ふられちゃったなぁ……」 付き合いの長さでは勝てる筈もなかったけれど、彼を想う気持ちだけは負けてはいないつもりだった。 でも、強く想ったからといって彼が必ず振り向いてくれるわけではない。 いや、本当は最初からそんな可能性などなかったのかもしれない。 彼はいつも菜月と一緒に居た。 そして私は、菜月と一緒にいる時の彼を見て好きになってしまったのだ。 もっと彼と話したい。もっと彼の顔が見たい。もっと彼のことを知りたい。 その想いは、いつしか止められないほど大きく膨れ上がってしまった。 駄目なのかもしれないけれど、ひょっとしたら―――そんな儚い希望を託して今日のデートに誘った。 だけど…… 先ほどの一部始終を思い出す。 朝霧君が来るのが待ち遠しくて。 朝霧君が来るのか不安になって。 朝霧君が来てくれたのが嬉しくて。 朝霧君から断られたのが悲しくて。 朝霧君の鈍感さに呆れて。 朝霧君の――――― 「……う、ぐすっ……」 そこまでで思考が止まった。 彼の表情、動きを思い出すたびに目からとめどなく涙が溢れてくる。 涙は同時に私の思考の海をも一斉に覆いつくしてしまった。 「あさ、ぎり……くん…えぐっ」 心の中が彼で一杯になる。 振られたのに、完璧に断られたのに、それでも心は朝霧君を欲している。 でも。 どんなに手を伸ばしても、彼にはもう――――― 「っ―――」 声が漏れないよう顔を枕に押し付ける。 もうここなら誰も見てないから。 だから、この体から溢れそうだった激情を溢れさせてもいい。 「―――――!!!」 そう思った時には、もう何も止める事は出来なかった。 溢れんばかりの悲しみが、眼と鼻から水分と共に流れていく。 朝霧君、朝霧君、朝霧君朝霧君朝霧君朝霧君朝霧君朝霧君朝霧くんあさぎりクンアサギリクン………!!! 陽炎が立ち上る夏の夕暮れに、1人の少女の哀しく切ない恋が静かに―――幕を閉じた。
《後書き》 攻略済みの方はお判りかと思いますが、菜月シナリオの8月2日の出来事です。 プレイしながら翠にもアナザービューが欲しいなぁと思って書いてみました。 でもまだプレイしてない人も居るだろうから公開するのは時期尚早だったのかな? 感想ご意見などあればお待ちしていますw 2005/10/03 脱稿 2005/10/03 投稿 2005/10/04 UP 拍手ボタンです。何か思うところありましたらポチっとどうぞ。 もどる