「あー、ようやく終わったぁ」

 両手に溢れんばかりの荷物を地面に下ろすと、雄二はぐったりとした表情で呟いた。
 だが疲れ切った表情の理由は旅行のせいではない。
 空港からの帰りのバスで、クラス1いびきの煩いヤツの隣に座ったせいだった。

「何はともあれこれで修学旅行も終了、と……おーし、んじゃ帰ろうぜ貴明」
「あぁ」

 再び荷物を持ち直した雄二と一緒に帰路に着く……はずだったのだが。

「貴明様っ!!」
「もがっ!?」

 校門を抜け出た所でいきなり視界が塞がれた。
 顔には何やら柔らかいものがぶつかっている。
 おまけに後頭部はかなり強い力で締め付けられていて身動きが取れない。
 一体何が起こっているのかさっぱり解らない。

「本物だぁ、やっと逢えた!もう離さないんだからね!」
「もがもがっ!?」

 謎の人物は後頭部に掛ける力を更に強める。
 顔面部分の柔らかい感触と後頭部の締め付けの痛みは、まさに天国と地獄が同居しているかのようだった。
 そう、まるでタマ姉に抱き締められているような――――だきしめ?

「〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 そう、今俺は誰からかは知らないけど間違いなく抱き締められている訳で。
 そうなるとこの顔に感じている柔らかい感触は、その、アレな訳で……。
 それは、なんというか、とても、不味い。

「ぎゅう〜〜〜〜〜〜〜☆」
「もががががっ!??!!?」
「ぎゅぎゅぎゅう〜〜〜〜〜〜☆」
「〜〜〜〜〜〜っぶはぁっ!!!」

 あらん限りの力を振り絞って万力地獄から何とか脱出して、体中から無くなりかけていた酸素を補給する。
 一体なんだったんだと思って顔を上げると、そこには見慣れた服装をした1人の女性の姿があった。。

「い、イルファさん!?」

 イルファさんは姫百合家付き(正確に言えば瑠璃ちゃん付。というか瑠璃ちゃんの友達なんだが)の最新鋭のメイドロボだ。
 普段はとても落ち着いた言動や振る舞いで、ともすれば珊瑚ちゃんや瑠璃ちゃんよりも年上に見えてしまうような人である。
 だからこそ彼女がこんな事をしてきたのが信じられなかった。

「……むー」
「って、あ、あれ?」

 名前を呼んだだけなのに、イルファさんは何故かえらくふくれっ面になってしまった。
 一体どうして?

「あの、イルファさん?」
「違うもん」
「へ?」
「わたしイル姉じゃないもん」

 ぷいっとそっぽを向いてしまう。
 イルファさんじゃない?でもこの服は間違いなく……ってあれ?
 そこまで考えてふとした違和感に気付く。なんだろうこの感覚は。
 服装……は別に普段のイルファさんと変わりは無い。
 表情……は何だか怒っているというか拗ねていると言うか膨れていると言うか、とにかく不機嫌な感じ。
 後は……あ。
 ようやく違和感の正体に気付く。

「イルファさん、髪の毛……どうしたの?」

 そう、イルファさんの髪の色がいつもの見慣れた青ではなく、こげ茶に近いような色合いなのだ。
 例えるなら……そうそう、クマとかそういった感じの色。

「だからイル姉じゃないって言ってるのに、もぅ!!」
「へ?」

 イルファさんじゃ……ない?
 どういうことだ?
 目の前に居るのはイルファさんの筈なんだけどイルファさんではない。
 って事はイルファさんとは別のメイドロボ? とすると一体……??
 それにイル姉……
 何かが心の隅で引っかかった。

「…………あぁ?!」

 唐突に全てのヒントが一つに繋がる。
 イル姉、クマみたいな色の髪の毛、イルファさんと同じボディ。
 それらから導き出される答え―――――

「ひょっとして……クマ吉?」
「――はいっ!ただいま、貴明様っ!!」

 イルファさん改めクマ吉は、ようやく向き直って笑顔を向けてくれたのだった。。




















 To Heart2  Side Stories
 Dream Life  第1話 『ただいま』と『おかえり』




















「……たかあきさま、これはどういうことは説明してもらえるかな?」

 俺とクマ吉のやりとりを見ていた雄二がようやく、といった感じで声をあげる。
 いや、説明って言われても俺だって困惑してるんだけど。

「不公平だ……神は何故このような不平をお許しになられているのだっ!!コイツばかりいい思いをしやがってこの野郎ぉぉぉぉ!!!」

 奇声をあげたかと思うと今度は俺を羽交い絞めにしてくる。
 そういえばコイツはメイドとメイドロボになんか凄く執着してたよなぁ……実際今微妙に泣きそうだし。

「死ね!お前のような奴は死んで償なぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ?!」
「ゆ、雄二?」

 いきなり悲鳴を上げた事に驚いて雄二のほうを見ると、雄二は後ろ手にひじ関節を思いっきり極められていた。
 勿論技をかけているのはクマ吉である。
 その光景に俺はいつぞやかイルファさんと初めて会った時を思い出す。
 そうそう、あの時は俺がイルファさんから関節極められたんだよなぁ。

「貴明様への暴力は許さないんだから!罰としてこの腕をバッキバキに……」
「あ〜ミ……クマ吉、ストップ」

 本気で腕を折りかねないので歯止めを掛ける。
 けどHMX−17シリーズはどれもこんな感じになるんだろうか。ある意味凄い欠陥機な気がするんだけど……

「貴明様?」
「そいつ俺の幼馴染だし、単純にメイドロボが好きなだけだから許してやってくれ。それに……」
「それに?」
「前に約束したよな?あんまり暴力は振るわないって」
「あ…………」

 クマ吉は慌てて雄二の腕を離す。

「ご、ごめんなさいっ!!」

 そしてぺこぺこと俺と雄二に対して頭を下げた。
 そう、アレは確か4月の下旬頃だっただろうか。
 クマ吉が仮ボディでの実験(?)を終え、心が研究所へと戻っていったあの日。
 俺とクマ吉はお別れの挨拶で約束をした。
 一つは、研究所へ戻っても元気でやること。
 そしてもう一つは、なるべく暴力は振るわない事。

「いてててて……」
「あ、えと……大丈夫?」
「あ、あぁうん、毎日毎日姉貴からもっと凄い攻撃喰らってるから平気平気」

 雄二はぺこぺこと謝るクマ吉に対して胸を張ってそう応える。
 涙目になりながらも気遣いを忘れないのはある意味凄いと思うんだが……

からん、ころころころ……
からん、ころころころ……

「ん?」
「あれ?」

 ありゃ、なんか空き缶が転がってきた。
 いかんなぁこういうものはちゃんとゴミ箱に捨てなきゃ……っと

「っ、げはっがふっ」

かこん。かこん。

 手近にあったゴミ箱(勿論空き缶専用)に今しがた拾った空き缶を放り入れる。
 と、クマ吉も同時に同じ事をしていた。

「あれ?クマ吉も?」
「なんか足元に空き缶が転がってきたから」
「そっか……って雄二ーーーー?!」
「………かはっ」

 ゴミ箱から雄二の方へと向き直る。
 すると目の前には何故か顔面がズタボロになった雄二が居た。
 ……えぇっと、なんか以前にも似たような事があった気がするんだけど……気のせい、だよな?

「あら、タカ坊?」
「ひぃっ?!」

 デジャヴのような感覚にとらわれていると、不意に後ろから声をかけられた。
 声の調子と何より独特の呼び方だったので振り向く前に誰かというのがわかる。

「タマ姉。迎えに来てくれたの?」
「ん〜、ちょっと外れかな。ごめんねタカ坊、さっき連絡があって、今夜親族関係の用事が急に入っちゃったから、雄二持って行くわね」
「あ、うん……」
「あ、姉貴!ギブ!ギブ!ギブぅぅぅぅぅぅ!!!!?」

 たおやかな笑みを浮かべたまま、タマ姉は雄二をそそくさと連れて行った。
 …………アイアンクローのままだけど、雄二の奴大丈夫だろうか?

「………大きい」
「ん?クマ吉、どうかしたか?」

 ふと脇を見るとクマ吉がなんだかとても悔しそうな表情でタマ姉と雄二を見ていた。

「なっ、ななな、何でもないデスよ!?」
「そう?ならいいけど……」
「そ、それよりもっ!この後の予定はどうなってるの?」
「え、予定って言われても見ての通り修学旅行帰りだから家に帰るつもりなんだけど……」

 何か明らかに話題を逸らされた気がするけどまぁそこは置いておこう。
 っていうかさっきからあえて突っ込んでなかったんだけど流石にもう限界っぽい事がある。

「それよりもさ、その……」
「ん?何?」

 ものっそい爽やかな微笑みを向けてくる。
 う、やはりイルファさんの妹だけあってやっぱり綺麗だ……ってそうじゃなくてっ
 思わず赤くなりかけた顔を僅かに逸らして言葉を紡ぐ。

「その、『貴明様』っていう呼び方は勘弁してくれないか?」
「そうやって呼ばれるの、嫌い?」
「……正直、恥ずかしい」

 いや、こんな事を突っ込んでる時点でもう顔が赤いんだけど。

「ダメ」
「なんで!?」
「だって、私が『様』を付けて呼びたいのは貴明様だけだもん」
「へ?」
「他の誰でも嫌。貴明様だけが私のご主人様なんだから」

 ―――どくん、と。
 心臓が大きく脈を打った。
 情けない事に未だ俺の心臓はニューカマーに全くと言っていいほど対応してくれないらしい。
 さっきからクマ吉って呼んでるのだって実は照れ隠し以外の何者でもないし。
 そう、クマ吉(本当の名前はミルファなんだけど)は俺にとってやっぱり女の子な訳で。
 それも正直かなり可愛い、というより綺麗な部類に入るのでちょっとでも意識してしまうとたちまち対応に困ってしまう。

「さ、じゃあ家までいこ?」
「あ、その……うん」
「ほらほら早くっ!」

 言うなり彼女は俺のボストンバッグを持ち上げる。
 慌てて荷物を持とうとすると「ダメ、これは私の仕事なの!」と断られてしまった。
 個人的にはメイドロボとはいえ荷物を持たせるのは気が引けるのだけど本人から拒否されてしまっては仕方がない。
 結局、お土産系統は自分で持つということでなんとか折り合いをつけた。





「ん?」

 帰り道。
 並んで歩いていたクマ吉がふと家路とは違う曲がり角をまがろうとした。

「クマ吉、そっちだと俺んちの方向じゃないんだけど」
「え、こっちで合ってるよ?」

 さらりと断言するクマ吉。
 ……えーと、いくら修学旅行帰りだからって俺の方がボケてるとかそんなオチはないよな?
 きょろきょろと周りの景色を確認してみる。うん、やっぱり間違ってない。

「やっぱり間違ってるって。俺んちこっちだし」
「だから、こっちで合ってるんだってば」

 クマ吉は、そっちこそ何を言ってるの?と言いたげな表情だ。
 何故かは判らないがなんだかとてつもなく嫌な予感がする。
 待て、落ち着いて考えてみよう。
 少なくとも俺の家に向かうにはこのままこの道をまっすぐいくはずだ。
 けどクマ吉曰くこの曲がり角で曲がるらしい。
 では一体この曲がり角を曲がれば何処に着………………………………………………………………………あ。



 瞬間、 ある一つの答えが導き出される。
 しかし、それが答えとして適当だという自信が無い。
 なのに何故だろう。本能は既にそれが紛う事のない真実であり、逃げようのない現実なのだと訴えている。

「く、クマ吉……まさかとは思うんだけど」
「んー?」
「もしかして……珊瑚ちゃん家に向かおうとしてる?」
「そだよ?」

 あ、やっぱり。
 そこ、明らかに俺んちじゃないんですが。

「あのさ、何か勘違いしてない?確かに珊瑚ちゃん家はそっちだけど、俺んちはこっちなんだってば」

 そこまで言うと、クマ吉は初めてはてな?と言った表情を浮かべた。

「でも、珊瑚ママも『引越しは終わらせとくから、みっちゃんはちゃ〜んと貴明連れてきてな』って言ってたよ?」
「はいぃぃぃぃ?!」

 ななな、なんだってーーーーーーーー?!

「え、いや、ちょ、引越しってナニさ?!」
「えーっと……貴明様の親から許可が出たとかで、旅行中に全部手配したって言ってたけど……」

 そんな重要で問題大有りでにわかには信じられないような事を。
 クマ吉はさも平然と、それこそまるで当たり前の事のように言ったのだった。





後書き。 リライトー、リライトー。 クマ吉の性格がかなり変わったのは仕様です。 頭の中でイルファの事を「イル姉!」と呼んでいるクマ吉でイメージがで固定されてしまったのでこうなりました(ぉ ふつーの女の子みたいな言葉遣いだけど貴明だけ様付けとか結構ありなんじゃないかと思うんですがどうでしょう…… 拍手ボタンです。何か思うところありましたらポチっとどうぞ。 もどる