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 私には、2つの記憶がある。
 一つは当然、生まれてきてからの私の記憶。
 優しいお父さんと怒ると怖いけどやっぱり優しいお母さんに囲まれて、幸せな環境で育ってきた私。
 誰にでもある成長の記憶だ。



 そして、もう一つは――――生まれる前の私の記憶。
 『私』として生まれる前に、今ではない時間、此処ではない場所で、確かに私は『居た』のだ。
 それが、他の人が持っていない、私だけの特別な記憶だった。















 『Resume Summer』















 初めてもう一つの記憶を『思い出した』のは、思春期の入り口近くだった。
 夏休み、お母さんにお願いして一緒にお料理をしていて、誤ってレンジで卵を爆発させてしまった時。
 凄く大きい音に驚いて竦んだ直後に、まるで自分の中に宇宙が生まれたかのように記憶が『戻った』。
 その記憶の中で私は、何処かの学園の制服を着て、誰かと一緒に笑っていた。
 そしてその人の家で、今やったのと全く同じような失敗をして涙目になっていた。
 一番最初に思い出したのは、たったそれだけ。
 ともすれば夢だと片付けられそうな記憶は、日を追うごとにどんどんと増えた。
 その記憶の中でも、『私』は『野島ほとり』だった。
 私は、誰かに誘われて入った部活で、夏の間、毎日のように色んなことをして遊んでいた。
 ある日は、その人に偶然を装って廊下でぶつかった。
 ある日は、夜の屋上で一緒にバーベキューを楽しんだ。
 ある日は、夜の体育館で肝試しと称してその人を脅かした。
 きっと、毎日がとても楽しかった。
 けれど、どれだけ沢山の事を思い出しても、記憶の中でいつも一緒に居た人の名前が思い出せなかった。
 その人がとても大切な人だと云う事だけは解るのに、名前がどうしても浮かばない。
 とても暖かくて心地よい記憶の中で、それだけがとても悲しかった。



 そんな私に、ある時転機が訪れる。
 お父さんの仕事の都合で、東京に引っ越すことになったのだ。
 慣れ親しんだ街や、友達と離れるのは寂しかったけれど、引越し先に着いた瞬間その気持ちは何処かへ飛んでしまっていた。
 引越し先の東京都上柴区。
 そこに着いた時に見た景色は、記憶の中の景色とそっくりだった。



 それからはもう奇跡に近かった。
 いや、ひょっとしたら奇跡以外の何物でもないのかもしれない。

 私が転入する事になった葉瀬川学園の制服は、記憶の中の制服と全く同じだったし、面接の時に会った桑本校長先生は記憶の中に
居た先生だった。(勿論記憶の中よりも皺が増えてはいたのだけど)
 更に出来上がった葉瀬川学園の制服を着た私は、記憶の中の姿と瓜二つ。
 視線の高さも(少しだけ悲しい事に)胸の大きさもまったく同じ。
 唯一記憶と違っていたのは校舎だけ。
 何でも桑本校長先生の話によると、十数年前迄は葉瀬川学園は二つあったそうなのだが、片方の生徒数の減少を理由に統合した経歴を
持つらしい。
 そして生徒数が少なかった方の校舎はその時に取り壊されてしまい、今は託児保育園が建っているのだとか。
 気になってその保育園に足を運んでみたら、周りの景色がかなり記憶と一致した。
 間違いなく『野島ほとり』は此処に居たのだ、と思った。
 という事は、きっとあの人もこの辺りに居るに違いない。
 きっと会える。
 妙な確信が、その時生まれた。










 そして……転入初日。

 私はその日、珍しく朝寝坊をしてしまった。
「へぅっ、転入初日なのに遅刻なんて……お母さんももっとちゃんと起こしてくれればいいのにぃ……」
 愚痴っていても始まらないのは解っているがどうしても愚痴ってしまう。
 歩いていては間に合わなくても、走っていればギリギリなんとかなるぐらいの時間帯。
 初日から遅刻という不名誉だけは避けたい私は、何とか間に合って欲しいなぁと思いながら校門を目指した。
「あ、あとちょっと……」
 視界の先に校門が見える。
 ポケットに入れていた携帯電話を取り出して時間を確かめる。
 大丈夫、ギリギリ……本当にギリギリだけど何とか間に合いそう。
 ちょっとだけ安心しながら、前をみやる。
 校門を挟んだ反対側からも、誰かが走ってきているのが見えた。
 向こう側の人は、相当焦っているのか、私よりも数段余裕が無いように見えた。
 校門に立っている先生は、腕時計を見ながら向こう側の生徒に向かって声を掛ける。



「おらー、早くせんとそろそろ門を閉めるぞー!」



「――――っ!?」
 ――ドクン、と心臓が跳ねた。
 思わず足が止まる。
 校門まで後十数メートルの所で、私は立ち尽くしてしまった。
 知っている。
 私は、この声を、知っている……!

「よーし、今日は全員セーフ!」

 必死になって校門を走り抜けた2人の生徒に、その先生が向き直る。


 その横顔を見た瞬間



 失われていた最後の記憶が



 薄いカーテンのようにかかっていたモヤと入れ替わるように



 鮮やかな形で、浮かび上がった。



 せん、ぱ、い……


 渡部敦志。
 私が『せんぱい』と呼び、慕っていた……誰よりも大切な――想い人。

 私が知っている顔よりすごく大人びていたけれど。
 私が憶えている背丈より、ほんの少しだけ高くなっていたけれど。
 明らかに、間違いようもなく、本物のせんぱいだった。

 ゆっくりと歩みを再開する。

 残り十メートル。
 せんぱいは上を眺めていてまだ私には気付いていない。
 一歩、また一歩と本当に……本当にゆっくりと歩いていく。
 夢じゃない。
 あの日、あんな形で別れてしまったきりの先輩が、すぐ目の前に居る。
 信じられないくらい嬉しかった。

 残り数メートル。
 せんぱいのシャツのボタンがはっきりと見えるぐらいの距離になった瞬間、柔らかい風が背中からそっと全身を撫でていった。
 歩みを止める。
 ほんの数歩前には、誰よりも愛しい人が居る。
 微笑みが止まらないのに、涙が零れそうになる。

 ――せんぱいが、ゆっくりとこちらに、振り向いた。

「せんぱい……」

 あの夏の日の屋上で止まっていた時間が、今再び、静かに動き始めた――。


<後書き>

ほとりシナリオのエピローグ、ほとりサイドがこんな感じなんじゃないかなーとか。
真相は勿論闇の中な訳ですが、一つの解釈の形としてこういうのもありなんではないかと。
生徒と教師という禁断の関係になってしまう訳ですが(笑)幸せになって欲しいもんですねw
まぁ十何年も待ってたからそこから更に二年半ぐらいなんてことないかw

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