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「はぁ……」

 私は鬱葱とした思いで空を見つめている。
 周りの生徒たちが傘を開いて下校していく中、私は1人で昇降口に佇んでいた。
 黒く淀んだ空からは隙間を探すのが難しいほど激しい雨が降り注いでいる。
 そして私の手には――何も無い。

「失敗したわ……」

 今日は朝からハッキリとしない天気だった。
 朝食の時に食堂で見たテレビでも似たような事を言っていたと思う。
 だから傘を持ってきた……筈だったのだ。
 しかし、傘立ての中に私の傘は無い。
 別段、盗まれたとかそういう訳ではない。
 私はもう一度、朝の出来事を思い出した。



「お姉ちゃんお姉ちゃん、ちょっとお願い事があるんですけどネ?」
「言っておくけど宿題なら見せないわよ」
「えぇぇ〜〜!? お姉ちゃんキビシー!!」

 朝食後、登校の準備をしていたところに、葉留佳が困ったような笑顔で部屋にやってきた。
 用件は勿論、自分が片付けていない宿題について。
 姉妹ゲンカという名前のすれ違いが決着してからというもの、こういったことは一度や二度ではなかった為、私は葉留佳が用件を切り出す前に
先制攻撃を仕掛けた。

「大体いつも言っているでしょう。宿題は出た日の内にやらないと痛い目を見るって」
「うぅ、それは解っているんですケドね……」

 しょんぼりと俯く葉留佳。
 別段苛めているつもりもないのだが、こうしょんぼりされてしまうと何だか悪い事をしているような気分になってしまう。

「はぁ……宿題を写すのは駄目だけど、授業までの間にヒントなら教えてあげるわよ」
「え…………」

 一瞬、葉留佳は何を言われたのか解らないと言う表情でこちらを見た。

「自力でやると言うのなら止めないけれど」
「い、いえいえいえっ!是非お願いしますデスよ!!」

 ようやく言葉に理解が追いついたのか、慌てて私の言葉を否定しだす。
 その仕草が少しだけ可愛らしいと思った。

「じゃあ時間が少しでも惜しいので5分後に教室で!!あでゅー!!」
「って、ちょ、葉留佳!?」

 言うが早いか、葉留佳は即座に部屋を出て行った。
 後には私と静寂だけが残される。

「5分後って……あぁもう、あの子ったら本当に!!」

 少しだけ葉留佳に対して甘く接したことを後悔しながら、私は慌てて制服を着込み始めた。



「……その癖葉留佳ったら自分が10分後に登校してくるなんて……」

 結局宿題自体はなんとか授業までに間に合ったから良かったものの、急いで部屋を出たお陰で傘を持ってき忘れてしまったのだった。
 次は絶対に甘い顔をするまいと私は固く誓った。

「それにしても……」

 私は再び意識を外に戻す。
 雨は変わらず強く降り注いでいた。
 周りを見渡すと、殆どの生徒がもう帰ってしまったのか、昇降口は閑散としてしまっている。
 となると、今の私に残された選択肢は大きく分けて2つだ。
 1つは諦めて雨の中を走り出す。もう1つはとりあえず風紀委員会室に逃げるという選択肢だ。
 幸い私は委員長だから雑務があることにすればとりあえずは問題ないだろう。
 問題は、昇降口が閉まるまでに雨が止んでくれるかという事だが、正直期待できそうには無かった。

「……まぁ、風邪は引かない距離よね」

 ふぅ、と一つため息をついて覚悟を決める。
 かばんを頭の上に当て、いざ走り出そうと一歩目を踏み出し――

「あれ?二木さん?」

 ――たところで私はピタリと動きを止めた。

「な、直枝理樹……」
「どうしたのこんなところで……って」

 振り返った時の彼は少し不思議そうな表情だったが、今の私の様子を見て得心がいったようだった。

「傘……忘れたの?」
「見ての通りよ」

 悪びれるでもなく、堂々と答える。
 それが動かしようの無い事実なのだからしょうがない。
 葉留佳の一件にしても、別に葉留佳が悪いわけではない。
 全ては自分の不注意なのだ。

「えっと……はい、これ」
「え?」

 直枝理樹は何を考えたのか自分が持っていた傘を私に差し出してきた。
 これを使えという事だろうか?

「使って」

 やはりそういうことらしい。
 でも、見たところ彼がもう一本傘を持っているようには思えない。

「貴方の分はどうするのよ」
「僕は別に濡れても大丈夫だから。寮はすぐ近くだしね……それじゃっ」
「あ、ちょっと!!」

 私が引き止める間もなく、直枝理樹はカバンを頭の上に被せて雨の中に走り出していった。
 後に残されたのは一本の黒い傘。

「…………」

 私は、なんとも言えない妙な気分でその黒い傘を見つめるのだった。




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