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「二木さん」

 呼びかけられた声に振り返る。
 振り返ると、私服に着替えた彼が男子寮の入り口を出てきたところだった。

「思ったより早かったわね」
「あはは、待たせたら悪いかなと思って」
「いい心がけね……はいこれ。助かったわ」

 傍らに置いておいた傘を差し出す。

「あ、うん。ありがとう」
「なんで貴方がお礼を言うのよ……」

 何処か抜けた彼の態度に思わずため息を吐く。
 少なくとも、彼にお礼を言われるような筋合いは全く無いはずだ。

「え、あ、そういえばそうだね」

 彼はあはは、と苦笑いで答える。
 恐らくは何も考えておらず、ただ口から出てきただけなのだろうけれど。

「まったく……葉留佳もこんな男の何処がいいんだか」
「え、何かいった?」
「なんでもないわ」

 直枝理樹の質問を否定しながら、改めて彼を見つめてみる。
 顔立ちはまぁ悪くは無いだろう。
 童顔ではあるが、整った顔立ちである事に間違いは無い。
 では体つきはどうだろうか。
 別段太っていたりやせ細っていたりする訳ではない。
 可もなく不可もなく。敢えて言うならば少し筋肉が欲しいくらいだろうか。

「ふ、二木さん……?」

 性格はどうだろう。
 少なくとも彼は風紀委員のブラックリストには載っていない。
 棗恭介や井ノ原真人、葉留佳たちと何やら色々と面倒ごとをおこしてはいるものの、普段の学校生活では問題がある訳ではない。
 言葉遣いも丁寧だし、別段問題がある訳ではないようだ。
 ……そう考えると、葉留佳の異性を見る目というのもあながち節穴ではなかったのだろうか。

「あの、そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」
「……え?」

 直枝理樹の言葉にふと我に返る。
 今、私は何をしていたのだろうか、と冷静に思い返す。
 余りにもボケた返答を返す直枝理樹にあきれながら、ふと葉留佳がこの男を好きなことを思い出した。
 そして、何故葉留佳がこの男を好きなのかと疑問に思い、外見や性格を分析した。
 ……って、ちょっとまって。
 もしかして私は、さっきからずっと直枝理樹のことを見続けていた……ということにならないだろうか。

 …………。
 ………………。
 ………………………………。

「べ、別になんでもないから気にしないで」
「え、あ、あの……」
「なんでもないの。忘れなさい」
「あ、はい……」

 心に走る動揺を必死に抑える。
 落ち着け。ここで焦ったら駄目だ。

「もう部屋に戻りましょう。時間も遅いし」
「う、うん」
「じゃ、さよなら」

 素早く踵を返して女子寮に入る。
 ここならば直枝理樹もこちらの様子を窺うことは出来ないだろう。
 私はさっきから張り詰めさせていた緊張感をようやく和らげさせた。

「…………失敗だわ」

 ほんの10数秒前までの出来事を思いだし、私は酷い自己嫌悪に陥ったのだった。




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