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「なんてことを……」

 放課後の学生室で私は一人頭を抱えていた。
 理由は言わずもがな、直枝理樹との先ほどの会話である。

「よりによって学生会室に誰も居ない時に……」

 そう、私は直枝理樹を呼び出した。
 放課後に学生会室に来るように、と。
 その時は失念していたのだ。
 今日は風紀委員のほかのメンバーが誰も居ない状況だということを。

「もういつ来てもおかしくないわ……」

 既に放課後になってから大分時間が過ぎている。
 もういつドアがノックされてもおかしくないのだ。
 それは不味い。
 非常に不味い。
 誰も居ないこともそうなのだが、実は何も考えずに呼び出していたということの方がよっぽど不味い。
 あの時は正直頭に血が昇っていた。
 なんで私があんな男に振り回されなければならないのか、と言うことだけを考えていた。
 一度そう考えてしまうと、直枝の一挙一動一投足の全てが気に障るようになってしまう。
 特に2時間目の休み時間は危なかった。
 葉留佳と仲よさげに話し込んでいるのを見た瞬間、私の中にまるで阿修羅が降臨したかのようだった。
 両脇に冷酷の面と怒り面が出来ていてもおかしくなかったような気がする。
 実際、同じ学年の風紀委員からも何があったのかと怯えながら尋ねられたほどだ。

「というか、改めて考えてみれば別に直枝は何もしてない……わよね」

 昨日の放課後は傘を貸してくれた。
 うん、これは間違いなく善行だ。
 穴だらけの傘を渡した、とか葉留佳がやりそうな悪戯だったならともかく、あれは普通によい行いだと思う。
 夕飯の際に傘を返す約束をした際には一緒に食べようと誘われた。
 これだって別に悪いことではないと思う。
 下心があるならまだしも、二人きりというわけでもないし、何より直枝には下心というものがあるのか疑わしい。
 傘を返した際に直枝のことを値踏みした件は最早忘れたい出来事だ。
 じゃあ何処に問題があるのだろうか。

「……夢、ね」

 そう、問題は単純なのだ。
 要は、夢に出てきた直枝が妙に馴れ馴れしかったのが悪いのだ。
 しかしそれはあくまで夢に出てきた直枝であって現実の直枝ではない。
 つまりこれも直枝に罪はないことになる。
 となると非常に困る。

「全くの潔白じゃない……」

 直枝自身は全くの潔白であるにも関わらず、私はまるで罪人のような扱いで呼び出したのだ。
 ただでさえ今日は誰も居ないのに、そこに潔白の人間を呼び出した、だなんて。
 これではまるで密会のようではないか。

「ありえないわ……」

 他の人間ならいざ知らず、それが直枝だなんて。
 そりゃあ、確かに異性に人気はあるようだし、顔立ちは端正だし、あれでいて行動力もあるし頭も悪くないけれど。
 葉留佳の想い人だし、クドリャフカだって悪く思っていないようだし、滅多に人を認めない来ヶ谷さんですら直枝には一目置いているようだけど。
 真面目だし責任感もあるしちょっと笑った顔は可愛いし周りに敵を作らないタイプではある。

「……あら?」

 そこまで考えて、直枝を否定できる材料が無いことに気付く。
 というか、ひょっとして直枝理樹という男は少なくとも一般的に見るとかなり魅力的ということにならないだろうか。


 コンコン


「は、はい!?」

 突然聞こえてきたノック音に思考が中断される。

「二木さん? あの、直枝、です、けど……」

 ドアの向こうから聞こえてきたのは直枝の声。

「は、入りなさい」

 声を掛けてから数秒して、ゆっくりとドアが開く。
 そこに居たのは紛れもなく直枝理樹だ。
 当たり前だ。
 私が呼び出したのだし、何よりドアの向こうから聞こえていたのは直枝の声なのだからそれ以外にはありえない。

「…………」
「…………」

 場を沈黙が支配する。
 どうしよう。
 どうすればいいだろう。
 何も考えがまとまっていない。
 それどころか、直枝について考察している内に本人が来てしまった。
 果たして私は、ここで何を直枝に言えばいいのだろうか。
 まるで考えが纏まらないまま、私は直枝と対峙するのであった。




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