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 あれから幾許かの時が流れた。
 いつの間にか朋也の傍に居たあの女―――坂上智代は、掲示板への嫌がらせにもめげることなく、それどころか奇想天外な方法で学校中に己の人 柄を認めさせ、見事新生徒会長に就任した。
 肝心の結果発表の時に自分の教室に居なかったり、就任してすぐに校内放送を私用で使ったり、創立者祭の時に行方を眩ましたりと妙な行動をする 事もあったが、逆にそんな所も朋也とお似合いなのかもしれないと思えた。
 まだ心の中に悔しい気持ちは残っているけれど、時折見かける2人の表情を見ていると彼女になら敗れてもよかったと不思議なくらい素直に思えた。
 朋也を心の中から消す事は出来ないけれど、この学校には珍しい、けれど半端な不良で、話してみると意外といい奴だった男の子を好きになった、と いう思い出には出来るのかな……。
 そんな事を考え始めた頃、驚愕のニュースが入ってきた。
 最初にソレを聞いたとき、ショックで頭が真っ白になったほどだ。

 ―――え、杏知らなかったの?あの2人、とっくに―――

 嘘だ。そんな事、私は信じない。いや、信じたくない。
 けれど、もしソレが本当なのだとしたら、私は……

 気がつけば、私は全速力で彼女の下へ走り出していた。















CLANNAD Side story 『Mistake』
After story −Once more...−









 「智代っ!!」

 昼休みももう終わろうかという頃、廊下の向こうから大きな声が聞こえてきた。
 声の主は聞き間違える筈もない。
 会った事はまだ数回しかないけれどそれでもかけがえの無い友人となった3年生。

 「……杏か、どうしたのだ?」

 同じ男に想いを寄せた仲間―――藤林杏。

 「どうしたじゃないわよ!陽平から聞いたけど、アンタ……その……」

 直前まで纏っていた恐るべき雰囲気を急速に萎ませて、彼女は口を閉じる。
 彼女の言いにくそうな表情も手伝って、何を言おうとしたのか、何を聞きたがったのかが全て解ってしまった。
 陽平というのは、私の記憶が確かならば春原のファーストネームだった筈だ。
 腕時計はしていないので丁度すぐ傍にあった出入り口から教室の時計を見る。
 もう昼休みが終わるまで3分も無い。とてもそんな短い間に済む話には出来そうも無かった。

 「杏。もう昼休みが終わる。放課後は空いているか?」
 「え、えぇ。……一応ね」
 「ならば丁度いい。私も今日は生徒会の仕事がないからな。……放課後、中庭に来てくれ」
 「中庭に?」
 「あぁ。……貴女には全てを話そう」

 それだけで彼女は私の言葉の意味を理解したらしい。
 一瞬の間の後、神妙な面持ちで頷いてくれた。
 それとほぼ同時に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。

 「では、放課後……」

 廊下に散っていた生徒がばらばらと教室に入っていく中、その言葉を最後に私と杏はそれぞれの教室へと帰っていった。



  *  *  *



 放課後。
 SHRが終わってすぐに中庭へと向かうと、そこには既に杏が待っていた。

 「すまない、待たせた」
 「いえ、大丈夫よ。あたしもほんのちょっと前に来たばかりだから」

 ひらひらと手を振りながらすぐ傍にあるベンチに腰掛ける。
 私もそれに倣った。

 「…………」
 「…………」

 空気が重い。
 きっと私がこれから話すであろう内容が彼女にも想像ついているせいだろう。
 恋に晩熟なことを除けば相当意志の強い彼女だ。
 場合によっては平手打ちの一つや二つも飛んでくるだろう。
 それでも彼女には話さなければいけないと思った。

 「……春原から聞いた、と言うのは私と朋也が、別れた……ということだな?」

 杏は無言のままコクンと頷く。

 「残念だがそれは紛れもない事実だ。私と朋也は先々週の土曜に別れた」
 「っ!」

 静かに、けれどもはっきりとした口調で真実を告げる。
 僅かに顔を俯かせて座っていた杏の体が一瞬ビクッと震えた。

 「……どうして」

 搾り出すような声。
 その声の奥底にはどんな感情が秘められているのだろうか。

 「……貴女も少しは想像がついているのではないか?」
 「想像って……」
 「『学校内の落ちこぼれ』と『学校中の期待を背負った生徒会長』、2人が一緒に居て何か問題が起こればどうなると思う?」
 「そ、それは……」

 杏が口をつぐむ。
 わかっていたことではあるが、やはり私達の事は色んな意味で有名だった。
 そして、私たちのことを知っている人間の殆どは私たちの関係にとって敵だった。
 私は朋也さえ居れば全ての事に耐えられる、そう信じていたし、朋也もきっとそう思ってくれていると思っていた。
 けれど……

 「……私には、譲れない目標があるんだ」
 「目標?」

 いきなり話が飛んだ事に驚いたのか、杏は素っ頓狂な声を出す。

 「そう、目標だ。選挙の時にも言っていたから少しは憶えてくれていると思うが」
 「……桜?」
 「うん、学校の前にある桜並木を護る事……それが譲る事の出来ない、唯一無二の目標なんだ」
 「その目標が何だって言うの?」
 「それは……」

 やはり彼女にも言わずには通れない。
 そう確信した私は、躊躇うことなく坂上家における『家族』の顛末を話した。
 冷え切った両親の仲、耐え切れずに荒れた私、置き去りにされてなお家族を繋ぎとめようとした弟、そして今は無くなってしまった思い出の桜並木。
 以前、朋也にも話した内容の全てを話した。

 「そんなこと……」

 杏は信じられない、といった表情でいかんとも表現し難い声をあげた。
 無理も無い。
 特殊な家庭環境下にあった朋也ならまだしも、いわゆる一般的で平和な家庭生活を送っていた杏には想像しづらいものだろう。

 「だから、というだけではないが私はここの桜並木は護りたい。今年ここを巣立っていく杏や春原、朋也たち、来年の春に新しく入ってくる新入生達、

 それだけでなくこれから先ずっとこの学校に入ってくる生徒達を、ずっと見守っていってほしいんだ」
 きっとその中には、弟の鷹文の姿もあるのだろうから。

 「……それは確かにいいことだわ。けど、それと朋也の事と何の関係があるの?」
 「私が生徒会長になれたのは、この公約を達成してほしいと思ってくれた生徒達が少なからず居るからだ。それは間違いないだろう?」

 杏は無言のままコクリと頷く。

 「そんな人たちの期待を、もし私が裏切ってしまったら、彼氏である朋也の立場はどうなる?」
 「え……」
 「朋也がいわゆる優秀な生徒であったならまだ何も言われないかもしれない。けれど私や貴女がどう思おうと周りから見れば朋也はただ1人の半端な不良……どう見ても真面目な生徒には見えない。そんな輩が私の傍にいつも居たなら、周りは確実に私よりも朋也を責めるだろう」

 「それは……」
 「それに、我ながら情け無い事だが朋也と付き合い始めてからは確かに一部自制が利かなくなっていた。生徒会の業務を放り出して朋也と逢った事もある。そんな状態で私本来の目標が達成できるはずもない」
 「…………」
 「私より先にそれに気づいた朋也が、私に目的を遂げさせる為に、恋人という関係をやめようと言ったんだ」





  *  *  *





 「え……?」

 それは全く予想外の答えだった。
 話の流れと、2人の性格からして、私はてっきりこのままではいけないと思った智代の方から別れようと言ったのだと思った。
 そうだと思っていたからこそ私は智代に対して怒りとも言える感情を抱いたのだ。
 けれど真実は全く逆だった。

 「最初にそういわれた時はいつもの冗談だと思った。けど朋也は本気だった。あいつは……自分が幸せになるよりも、私が駄目になってしまう方が

 堪えられないらしい。いや、きっと私がそう思いたいだけ……なのだろうな」
 自虐的な言葉。
 けれど、アイツとの付き合いが長いあたしだから判る。
 きっと……いや、間違いなくそれは真実だ。
 岡崎朋也と言う男は見た目に合わないくらい弱くて強い心をもつ人間だ。
 ぶっきらぼうで、滅多に素直な感情を出すことはないけれど、言葉の裏にはどこか相手を思いやる気持ちが見え隠れしている。
 だから、アイツから言ったというのなら絶対にそうなのだろう。
 あぁ、本当に情けない。
 あたしという奴はやっぱり弱くてずるいままだったのか。

 「……違う」
 「え?」

 今度は智代がきょとん、とした顔になった。

 「智代が感じた事は、絶対間違ってない。それはあたしが保証するわ」
 「…………」
 「朋也はきっと、智代には道を踏み外して欲しくなかったんでしょうね。今の自分が道を外れたところに居るから余計に……」

 違う。本当に道を踏み外しているのはあたしだ。
 陽平からこの話を聞いたとき、あたしは智代に対して怒りを覚えたのと同時に、心の隅でこれはチャンスだと思ってしまった。
 傷心の朋也をあたしが支えてあげれば……そんな風に考えてしまった。
 智代と朋也はこんなにも深く相手を思いやれているというのに、あたしは自分の世界だけで一杯だった。
 なんて情けない……。

 「ねぇ、智代」
 「なんだ?」
 「朋也の事……今でも、好き?」





  *  *  *





 「好きだ。更に言うなら諦めるつもりも当然、無い」

 間髪入れずに答える。
 そう、それは揺ぎ無い事実。例えたった今杏がいってくれた事が嘘だったとしても私のこの気持ちは寸毫も変わることは無い。

 「そう……そうよね。智代ならきっとそう言うと思ってた」

 杏が空を仰ぐ。
 彼女が今何を思っているのか、その表情からでは読み取れない。
 ただ、先ほどから微弱に感じていた怒気のような感覚は何処かへ消えてしまっていた。

 「それじゃ、これ以上あたしと話して時間を無駄に消費しちゃったら不味いわよね」

 と、途端に杏がベンチから立ち上がる。

 「無駄な時間な訳がないだろう。杏、あなたは―――」
 「いいの」

 手をかざして私の言葉を遮る。
 その手の平の向こうには、何かを決意したゆるぎない瞳があった。

 「智代、貴女には譲れない目標がある。そして、その先にも―――ね」
 「…………」
 「だったら、今はその目標だけを考えて頑張って。そして……」

 一瞬言葉が途切れたかと思うと、彼女はとても穏やかな笑みを浮かべた。

 「成し遂げた後でもう一度、朋也と幸せになって」
 「……!」
 「あたしは貴女以外の女が朋也の傍に居るなんて認めない。それと同時に貴女の隣に朋也以外の男が居るのも認めない」
 「杏……」
 「きっと朋也も智代のこと、今でも好きよ。そして、心の中では貴女の事を応援してると思う」
 「……ありがとう」
 「お礼なんていいわよ。けど、どうしてもお礼を言いたいならもヨリが戻ってからにしてね」
 「……あぁ、そうだな」

 その言葉を最後に、杏は振り返ることなく中庭から去っていく。
 表情は見ることが出来ないが、ぴんと伸びた背筋が彼女の今の心持ちを表しているように見えた。
 彼女は己の怒りを越えて私を応援してくれた。
 ならば私も、そんな彼女の心意気に応える為にもなんとしても桜並木は護らなければならない。
 きっと朋也もそれを望んでいるのだろうから。

 「……ん」

 そっと胸に手を当てる。
 暖かい。
 朋也と別れて以来、どこか寂しく、冷たくなっていた心が少しだけ暖まった気がした。

 「……ありがとう、杏」

 面と向かってお礼を言うのはもっと後になるだろうけど。
 もう一度きちんと歩き出す力をくれたのは彼女だから。
 私は、もう見えなくなった背中に向けて、こっそりとそう呟いた。




2005/09 脱稿 2009/02/11 微修正 拍手ボタンです。何か思うところありましたらポチっとどうぞ。 もどる