Kanon  Side stories
 川澄 舞    ー君の、えがおー

 ※この話は相沢家に舞と佐祐理さんが一緒に住んでる、という設定になっております。あしからず。


 それは一年前に交わされた、永遠(とわ)の誓い。 


 目の前一面に広がる麦畑にたたずむ、一人の少女。 


 その少女に、祐一は声をかけた。 


 「よぅ」 


 ―始まりには、挨拶を― 


 「……初めまして、かな」 


 ううん、と少女は首を横に振った。 


 「あたしは、ずっと待っていたから」 


 "あたし"と、"あたしの力"の両方を受け入れてくれる人。 


 「じゃ、行こうか」 


 もう一x、失った時間を取り戻しに。 


 「……うん」 


 少女は頷くと、己の全身を祐一に預けた。 


 今度は・・・ 


 「今度は、どこにも行かない?」 


 「ああ、行かない」 


 ―そして、約束を― 


 「ずっと舞のそばにいるよ」





 「ごちそうさま」

 コップの中の麦茶を飲み干すと、祐一は満足げにそう言った。

 「いや、舞の料理も中々だったぞ」

 「……佐祐理程じゃない」

 舞は静かに否定しながら食器を洗い始めた。

 「いや、そんな事はないぞ。佐祐理さんの料理と比較しても、なんら見劣りはしない

出来栄えだったと思う。ホントだぞ!?」

 「……ありがとう」

 舞は真っ赤な顔で、俯きながら答えた。

 その仕草に、祐一は思わず抱きしめたい衝動に駆られる。

 1年前に舞と出会った頃には、決して見れなかった仕草。

 それを見る度に、舞の心の奥底に閉じ込められていた感情が少しずつ開放されていくのを感じとれる。

 祐一には、それがたまらなく嬉しかった。

 「舞」

 流し台の前で赤くなったままの舞を、祐一は後ろから抱きしめた。

 舞の体が一瞬ビクッと動いたが、舞は拒まなかった。

 愛しい人に包まれることで得る安らぎ。

 それを、舞は知っていたから。

 「……」

 「……」

 暫しの沈黙の後、舞は後ろに向き直ると、両眼を閉じた。

 祐一はそれに応える様に、舞の頬に手を添える。

 ゆっくりと2人の顔が近付き、唇が重なる。

 ・・・・・・はずだった。 




 ポロロロロロロロローッ!ポロロロロロロロローッ!ポロロロロロロロローッ! 




 突然鳴り響いたコール音に、2人の行為は中断された。

 「祐一、電話……」

 「…あぁ」

 祐一は至極残念そうに頷くと、舞から離れ、受話器をとった。

 ったく、誰だよ!?こんな絶好タイミングで!!

 「はい、もしもし、相沢ですが」

 『あっ、祐一?』

 「母さん!?」

 電話の主は、祐一の母、相沢夏樹(なつき)だった。

 『あら、驚いた声しちゃって。……ひょっとして、お邪魔なタイミングだったかしら?』

 …………鋭すぎるぞ、アンタ。

 『駄目よ、祐一。アナタたちまだ大学生なんだから、キチンと避妊はしないと♪』

 「アホかいっ!!」

 思わず大声で突っ込む。

 親のくせになんちゅー事を……。

 『うろたえちゃって、若いわねぇ。……っと、こんな事話してる場合じゃなかったんだわ』

 途端に、夏樹の声の調子が変わる。

 『実はね、今日、母さんと父さん、仕事の方が忙しくて、家に帰れなさそうなの。家の事は、舞ちゃんと

佐祐理ちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど、戸締まりはキチンとしてね?』

 「えっ!?今日もなのか?」

 『そうなのよ……、最近はいろいろと忙しくって。多分、明日のお昼迄には帰れると思うから、それまで

は頼んだわよ』

 「……分かった。でも、体には気をつけてな」

 『まぁ、まだそんな年齢(トシ)じゃないわよ。……じゃあね、祐一』

 「あぁ、頑張ってな」

 母が電話を切るのを確認してから、祐一は受話器を置いた。

 「……祐一、どうしたの?」

 「ん、あぁ、母さんたち、今日も泊まりなんだってさ」

 「……夏樹さんたちも?」

 舞は驚いたように聞いた。(といっても、端から見ればそんなに驚いたようには見えないのだが)

 「ん?どうした?」

 「今日、佐祐理も泊まり……」

 「あ……」

 そうだった。

 今日、佐祐理さんも用事でいなくなるって言ってたっけ……。

 と、いう事は、今日は……舞と2人っきりってことか!?

 「え、えっと……」

 思わず祐一の顔が赤くなる。

 祐一とて、まだ10代後半の健康的な漢(おとこ)である。

 ということは、当然アッチ方面に頭がイってもおかしくないというわけで・・・・・・。

 「……祐一?」

 「ひゃい!?」

 不意に舞に呼ばれて、祐一は思わず情けない声を出した。

 「……どうかした?」

 「い、いや、どうもしないぞ!?」

 祐一は必死に否定するが、顔はひきつっているわ、声はうわずっているわで、とても何でもないようには

見えない。

 ……まさか、舞のあられもない姿を想像してたなんて言えないしな……。

 「でも、顔が赤い……」

 舞が祐一の顔を覗きこむようにして聞いてくる。

 ま、舞の顔が……くううっ!!

 「ホントになんでもないから、舞は風呂でも入って来い、な?」

 「……はちみつクマさん」

 舞は、あまり釈然としない様子だったが、一応は頷いてリビングを出て行った。

 「はぁ〜……」

 祐一は全身の力が抜けた様にソファーに倒れ込んだ。

 しかし、どうしたもんかな……二人っきりってのは。

 祐一の両親が仕事で家を空けるのは時折ある事なので、祐一もそれには慣れていた。

 だが、両親に加え、佐祐理も同時に家を空けるのは、初めての事だった。

 当然、祐一にとって舞と二人っきりになれるシチュエーションというのは願ってもないことなのだが……。

 俺が言うのもなんだが、舞は他人に甘える様なヤツじゃないしな……。

 まぁ、期待するだけムダかな……。

 実際、過去を振り返っても、舞が祐一に甘えたことはほとんどない。

 ホントはもう少しでいいから、俺を頼って欲しいんだよなぁ……。

 一応、俺は舞の恋人なんだから……。

 半分上の空でそんな事を考えていると、舞がパジャマ姿になってリビングに戻ってきた。

 「祐一、次、お風呂……」

 「おう、分かった。」

 パジャマを取りに、二階へ向かう。

 再び降りてくると、舞が祐一を呼び止めた。

 「あ、……祐一?」

 「ん、どうした?」

 「……なんでもない」

 「?おかしなヤツだな」

 まるで、何かを躊躇したような舞の態度に疑問を持ちながらも、とりあえず祐一は風呂へ向かった。

 その日の風呂場は、何故かいつもよりセッケンの匂いが強かったような気がした。 




 「ふぁ……、もうこんな時間か……」

 欠伸をしながら時計を見ると、既に時計の短針は頂上に達しようとしていた。

 「もう寝るかな……」

 読んでいた本を枕の脇に置く。

 コンコン。

 すると、突然ドアがノックされた。

 「……祐一、起きてる……?」

 ドアの向こうから、声が小さく聞こえてくる。舞だ。

 「あぁ、どうした?」

 「……入って、いい?」

 「あぁ」

 祐一の返事を受け、舞が静かに部屋に入ってくる。

 「どうしたんだ、こんな夜中に?」

 「……祐一」

 「ん?」

 「……そばにいて欲しい」

 「あん?」

 なんか前にも同じセリフを言われたような……。

 「……祐一がいると」

 「俺がいると?」

 囮になるってか?ははっ……。

 「安心できるから……」

 「!?舞……」

 一人の夜は、嫌だから……。

 寂しい思いは、もう嫌だから……。

 舞の眼が、そう語っていた。

 「……分かった」

 祐一はそう言うと、優しく舞を抱きしめた。

 「……祐一?」

 「大丈夫だ」

 「俺は、いつでも舞と一緒にいるから」

 「ずっと、舞のそばにいるから」

 一年前の誓いを、俺はずっと守り続けるから。

 「……うん」

 舞は安心したように、祐一に身を委ねた。

 そして、二人は唇を重ねた。

 短いようで長いような、不思義な感覚。

 たとえ、それがほんの一瞬に過ぎない時間だとしても、二人にとっては永遠にも等しかった。

 やがて、どちらからともなく、二人の唇は離れる。

 「……祐一」

 「ん?」

 「……今夜、ここで寝てもいい?」

 「あぁ」

 祐一は優しく頷くと、舞の頭を引き寄せた。

 もう、言葉はいらなかった。

 その日、二人は抱き合いながら、一緒に眠った。


 舞のたおやかな微笑みとともに……。 


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