Kanon  ーShort Storiesー
ー美坂 香里ー  ーA day before graduationー


 「何やってんだ?こんなところで」
 
夕暮れの赤い光に包まれた教室。
 
そこに、美坂香里は1人佇んでいた。
 
「夕焼けを見てたのよ」
 
香里は祐一に目もくれずに答えた。
 
「珍しいな、香里が物思いに耽るなんて」
 
言いながら、祐一は香里の前に座る。
 
夕焼けで赤く彩られた香里は、いつもより一層綺麗に見えた。
 
ー今は話しかけない方がいいかもな。
 
祐一はそう判断すると、香里が見ている夕日を同じように見つめた。
 
「・・・・・・」
 
「・・・・・・」
 
期せずして訪れる静寂。
 
2人は、しばらくの間その静寂に身を任せた。


 
どれくらいそうしていただろうか。
 
ふと、香里が呟いた。
 
「明日は、もう卒業式なのね・・・・・・」
 
「あぁ・・・・・・」
 
祐一は静かに頷く。
 
「なんだか凄く早かった気がするわ、この3年間が」
 
「過ぎちまえばそんなもんだ」
 
「・・・・・・そうね」
 
ぶっきらぼうに答える祐一を見ながら、香里は苦笑した。
 
「ねぇ、祐一」
 
「ん?」
 
「思い出、出来た?この学校で」
 
「思い出、か・・・・・・香里はどうなんだ?」
 
祐一は答えずに切り返す。
 
「私?そうね・・・・・・」
 
香里の頭の中を無数の記憶が駆け巡る。
 
入学式、運動会、文化祭など、どれも大切な思い出だ。
 
でも、私の一番の思い出は・・・・・・。
 
「祐一と一緒にいられた事かしら」
 
「・・・・・・奇遇だな?」
 
祐一は席を立つと、香里の肩をとった。
 
「ゆ、祐一?」
 
香里の頬が赤くなったのが分かったが、祐一は気にしなかった。
 
「俺の一番の思い出も・・・・・・」
 
台詞を途中で止めて、香里に口づけをする。
 
少しして唇を離すと、祐一は己の額を香里の額に当てた。
 
「香里と一緒にいられた事だ」
 
「・・・・・・キザなやり方ね」
 
香里は赤くなりながら答える。
 
そうか?と言うと、祐一はポケットからラッピングされた小さな箱を取りだした。
 
「キザついでに、もう一つ」
 
「これは・・・?」
 
「開ければ分かる」
 
照れくさいのだろう、祐一はそっぽを向きながら答えた。
 
香里は言われるままにラッピングをはずす。中からは宝石が埋め込まれた指輪が出てきた。
 
「これ・・・・・・」
 
「『アクアマリン』。宝石言葉は、聡明、沈着。・・・・・・香里の誕生石だよな」
 
「でも、どうして・・・・・・」
 
「忘れたのか?今日は香里の誕生日じゃないか」
 
祐一は呆れながら言うと、指輪と香里の右手を取った。
 
「誕生日おめでとう、香里」
 
祝福の台詞を述べ、薬指に指輪を通す。
 
「さっきより、よっぽど・・・キザ・・・ね・・・・・・」

香里は目に涙を貯めながら呟いた。
 
「でも、・・・・・・ありがとう」
 
瞬間、香里の目から涙がこぼれ落ちた。

きっと、様々な感情が交錯したのだろう。

「あれ・・・わ、わたし・・・なんで泣いて・・・」

慌てて涙を拭う。だが、一向に涙は止まらない。

祐一は、そんな香里を優しく抱き締めて言った。

「・・・・・・泣けよ」

「え・・・?」

「こういう時は泣いたっていいんだ、強がる必要なんて無い」

「・・・・・・」

「だから泣けよ、香里。俺は、お前が泣き止むまでずっとこうしててやるから」

「祐一・・・・・・」

香里が僅かに顔を上げる。

「制服、濡れちゃうわよ・・・・・・?」

「構わないさ、そんな事」

祐一は香里の髪を撫でながら言った。

「じゃあちょっとだけ、胸・・・貸してね・・・・・・」

「あぁ」

その言葉を合図にしたかのように、香里は祐一の胸に深く顔をうずめた。

祐一は、そんな世界で最も愛しい少女の身体を、ただ優しく抱き止めていた。


 ―ねぇ、祐一―


 ―ん?―


 ―1つだけ、約束してくれる?―


 ―何だ?―


 ―ずっと・・・―


 ―これからも、ずっと一緒にいてね・・・・・・―


 ―あぁ、ずっと一緒だ―


 ―うん―


 Fin



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