「おはよう御座います、祐一さん」

 「おはよう御座います、秋子さん」

 「名雪、まだ寝てますか?」

 「一応来るときに起こしましたけど……」

 いつもと全く変わらない水瀬家の朝。

 事件は突如として起こった。

 トントントントン……

 ゆっくりと階段を下りる音。

 「うにゅ、おはようございます〜」

 そして、2人より少し遅れて起きてきた名雪の朝の挨拶。

 全てがいつもの日常と変わらなかった。

 ……そう、ただ一点を除いては。

 「……な、名雪!?」

 「うにゅ……?」

 俺はソレを見た瞬間、体が凍りついた。

 いや、正確には、それくらいの衝撃を受けた、という方が正しいだろう。

 「どうしたのぉ……?」

 「お前…名雪……だよな?」

 俺の目の前にいる少女。

 水瀬名雪は……ちっちゃくなっていた……。


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Kanon Short Story
  
〜ちっちゃいって事は、可愛いね♪〜




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 「あれ?届かない……」

 名雪は一生懸命にイチゴジャムの入った瓶に手を伸ばすが、届かない。

 俺は、仕方なくかわりに瓶をとってやる。

 「ありがとう、祐一♪」

 屈託の無い笑顔を見せる名雪。

 ……ちっちゃい名雪も、結構可愛いかも……

 思わず頭にそんな考えが浮かぶ。

 ぐっ、いかんいかん、こんな事を考えていては……

 でも……

 もう一度、チラリと名雪の方を見る。

 名雪は、幸せそうにイチゴジャムの塗られた食パンを食べていた。

 「美味しいよぉ〜♪」

 う……やっぱり可愛い……

 ブルブルブルブル!!

 俺は慌てて首を振った。

 いかん、俺は……おれ、は……

 「?どうしたの?祐一」

 名雪が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 くっ、その顔は反則だぞ?名雪……

 「い、イヤ!何でもなイゾ?!」

 慌てて否定する。

 だが体は正直らしく、声がしっかりと裏返ってしまっていた。

 「それならいいケド……」

 幸か不幸か、名雪には気付かれ無かったらしい。

 名雪は、すぐにまた食パンにかじりついていた。

 「……ふぅ」

 名雪に分からないよう、ため息をつく。

 ちなみに、名雪自身は、ちっちゃくなった事になんら問題は無いらしい。

 「昔に戻ったみたいだよぉ〜♪」

 とか言ってはしゃいでたくらいだったからな。

 おまけに、何故か秋子さんが持っていた子供用の制服が、名雪にピッタリだった為、今の

名雪は物凄くご機嫌のようだ。

 「まぁ、いいけどさ……」

 気を取り直して鞄を持つ。

 「名雪、行くぞっ!」

 「わ、待ってよ〜っ」

 名雪は慌てて玄関に向かう。

 (ちなみに、子供用の靴も、何故か準備してあったりした)

 その日は、当然学校は大騒ぎになってしまった。

 北川や香里はある事無い事聞いてくるわ、他のクラスの奴とか、部活の後輩とかがわんさ

か名雪に群がってきたわで、もう俺と名雪ははてんてこまいだったのだ。



 「はぁ…疲れた」

 俺は夕食を食べると、すぐさまソファーに寝転んだ。

 「お疲れ様、祐一♪」

 名雪が寝転んだ俺の上に座り込む。

 普段なら決してやらない行動だろうが、今は気にしてないらしい。

 尤も、俺もされてて気分が悪い訳では無いので、何も言わないが。

 むしろ心地よかったりして……

 「……かな」

 「んっ?どうした?名雪」

 「お兄ちゃん、ってこんな感じなのかなって……」

 「お、お兄ちゃん!?」

 名雪の突然の台詞に思わず突拍子も無い声をだしてしまった。

 「うん……凄く大きくて、温かいの……」

 言いながら、名雪は俺の上にかぶさるように寝転がる。

 「私、一人っ子だから……」

 お兄ちゃんとか、そういうのに憧れてたんだよ。

 実際に声が聞こえた訳では無かったが、何故か俺には名雪がそう言ったような気がした。

 「そっか……」

 名雪の髪の毛をクシャクシャと撫でてやる。

 案の定、名雪は嬉しそうに笑ってくれた。

 「えへへ……♪」

 どれ位そうしていただろうか。

 ふと、名雪が俺にしか聞こえないような声で呟いた。

 「ねぇ、祐一」

 「何だ?」

 「今日、祐一と一緒に寝ても、いい?」

 「えっ……?」

 正直、俺は耳を一瞬疑った。

 「駄目……?」

 名雪が上目づかいで聞いてくる。

 ご丁寧に、その瞳の両端には涙がうっすらと浮かんでいる。

 名雪……

 「あぁ、いいぞ」

 出来るだけ優しく微笑みながら、俺は名雪にそう言った。



 コンコン

 ドアをノックする音。

 「入っていいぞ」

 「うん……」

 声に続いて、名雪が静かにドアを開けて入ってきた。

 「…………」

 が、名雪は一緒に寝るどころか一言も喋る気配さえない。

 ただ持ってきた枕を両手でしっかりと抱えて立っているだけだ。

 「ほら、一緒に寝るんだろ?」

 俺はなるべく優しく、諭すように名雪に言った。

 「う、うん……」

 一応は頷いているが、こちらに来る様子は無い。

 仕方ないな……

 俺はイスから立ち上がると、名雪の前にしゃがみ込んだ。

 「ホラ、一緒に寝るって言ったのは名雪だろ?」

 名雪の頭をくしゃくしゃっと撫でてやる。

 「う、うん……」

 顔を赤くしながら頷く名雪。

 「それとも、名雪は俺と一緒に寝たく無くなったのか?」

 「う、ううん、違うよ……けど……」

 「けど?」

 「何だか、恥かしくなってきちゃって……」

 ただでさえ俯いている顔を、更に俯かせる名雪。

 「大丈夫だ」

 俺はそう言って名雪の腕を掴み、自分の左胸にあてる。

 「ほら、俺もドキドキしてるだろ?」

 「うん、ドキドキしてる……」

 「俺も名雪と一緒だ。さっきからずっとドキドキしてる」

 「祐一と、一緒……」

 「あぁ、そうだ」

 幼い子供をあやすのはこんな感じなのだろうか。

 本当に、名雪のお兄ちゃんになったみたいだな、俺。

 俺は思わず苦笑してしまった。

 昨日までは、従兄妹であり、恋人でもあった俺達。

 でも、今はまるで本当の兄妹のように接している。

 それが、なんだか可笑しかった。

 「もう……」

 ふと、名雪が呟いた。

 「大丈夫、だから……」

 まだ顔は赤かったが、名雪はまっすぐ俺の顔をみてそう言った。

 「じゃあ、……寝るか?」

 「……うん」

 名雪はベッドゆっくりとに潜り込んだ。

 それに続いて俺もベッドに入り込む。

 すると、名雪がすぐに抱き付いてきた。

 「……あったかいね」

 「そうか?」

 「うん……」

 俺の胸に体を預けて安心しきったように名雪はそう言った。

 「そっか」

 俺は名雪の頭をそっと撫でてやる。

 「えへへ……♪」

 嬉しそうに笑う名雪。

 しばらくそうしていると、名雪はすぐに寝入ってしまった。

 小さくなっても、寝付きの良さは変わらないらしい。

 「寝ちまったか……」

 名雪が起きないように小さな声で呟く。

 しかし……改めて見ると本当に小さくなったんだな……

 おそらく、外見は小学生程度にしか見えないであろう名雪の体。

 髪を三つ編みにすれば、まさに7年前の名雪と同じ状態である。

 7年前、か……

 あの時、俺は悲しみのあまり、名雪を拒絶した。

 名雪がどれほど俺の事を想っていてくれたのかすら分かろうともせずに。

 でも、それでも名雪は俺に笑ってくれた。

 今にも泣きそうな顔で微笑みかけてくれた。

 7年経って再会した時も、名雪は笑っていた。

 お前が傍に居てくれた事がどんなに励みになっていたか、お前は知らないんだろうな。

 目の前で静かに寝息を立てている名雪を見ながら、俺はそう心で呟いた。

 今度は俺の番だ。

 だから、今度は俺がお前の傍にいるよ。

 悲しい時も。

 寂しい時も。

 辛い時も。

 嬉しい時も。

 これからは、ずっと傍にいる。

 お前が小さくなったからって、何も変わる訳じゃない。

 名雪は名雪なんだから。

 な、そうだろ?名雪……



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