「ほら名雪、早くしろよー!!」


「わ、祐一ちょっと待って……」


いつもと何も変わらない朝の風景。


中々起きない名雪をなんとか起こして、急いで朝ごはんを食べさせて、学校へと急ぐ。


それだけを見れば、なんら変わることの無い日常なのだが……。


「祐一、早いよ〜」


今、俺の後ろを一生懸命に着いて来るこの少女。


水瀬 名雪は、ちっちゃくなっているのである……。









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〜ちっちゃいってことは、一生懸命だね♪〜


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「ふぅ……なんとか間に合ったか」

俺は下駄箱に靴を入れながら、安堵の溜め息を吐いた。

名雪がちっちゃくなってからと言うもの、以前のような『アシ』はないわ、しかも寝起きの悪さは直らない

わで以前より遅刻の危険度が増しているのだ。

「せめて、ちっちゃくなった分寝起きのよさも昔に戻ってくれればなぁ……」

内履きに履き替えて、一路教室を目指す。

幸いにも、まだチャイムは鳴っていなかったので、なんとか教室には無事入る事が出来た。

そう、入ることは出来たのだが…………。

「あ、水瀬さんおはよ〜〜〜♪」

「きゃっ……」

クラスに入るなり、名雪は女子生徒の熱い抱擁を受ける。

名雪がちっちゃくなってから、これはクラスでの恒例(?)になってしまっていた。

当の名雪も、それほど嫌では無いらしく、しっかりと抱擁を受け入れている。

まぁ、ときたま「苦しいよ〜」と言ったりはしているようだが(苦笑)

「なーゆきっ♪ おっはよ〜♪」

「か、香里ぃ……」

あ、今度は香里が抱きついてきてる。

香里もアレだよな。 名雪がちっちゃくなった途端に目の色変えるとは……

意外と、保母さんとかが似合ってるんじゃないのかね?

「おっす、相沢」

「おぅ、今日も髪の毛が刎ねてるんだな?」

「これは俺のトレードマークなんでな」

「言ってろ」

北川ととりとめのない会話をして席に座る。

しかし、名雪がちっちゃくなってからの北川の目つきも少し怪しい気がするんだが、気のせい……だよな?

いや、気のせいであってくれ。

流石に北川如きに名雪を抱き締められるのは耐えられんからな……。

名雪は、一応……その、俺の彼女なんだし……

「わ、祐一……」

「ん?」

声に振り向くと、なにやら名雪が真っ赤な顔をしている。

「相沢君……朝から大胆ね」

香里はなにやら怪しげな笑みを浮かべているし……

「相沢……」

しかも、北川はなんか憂いの目で見てるよ……

こ、これは……ひょっとして……

「もしかして……またやったか?」

出来れば否定して欲しかったその問いかけに、香里はコクンと頷いた。

ぐあ……またか……

やはりこの癖とは一生付き合っていかなくちゃならないようだ……くそう。

「相沢……お前がそこまで言い切るとは……負けたぜ」

強敵(とも)、北川が敗北を悟ったかのように肩を叩く。

いや、お前は一体何に負けたと云うんだ。

「お前の水瀬に対する『愛』だ」

戸惑う俺に強敵(とも)はピシャリと言ってのけた。

「……もしかして、また俺やったか?」

半分そうだろうなと諦めつつ、北川に問い掛ける。

「あぁ、しっかりとな」

はぁ……やっぱりか。

既に今日三度目にもなる溜め息を吐いて、俺は席に着いた。

「席に着けー。 HR、始めるぞー」

石橋が教室の入って来たのは、丁度俺が席に着いた直後だった。





別段何事も無く授業は進んで、昼休みになった。

「祐一、お昼休みだよっ」

名雪が小走りで俺の席に来た。

「名雪はどうする?」

「う〜ん、祐一といっし……」

「「「「「水瀬さ〜ん、一緒にお昼食べよう〜〜〜♪」」」」」

「わわっ……」

これもまた名雪がちっちゃくなってからの恒例(?)で、女子生徒がわんさかと(名雪に)群がってくる。

おかげで最近は名雪と一緒にお昼がとれないという事態になっているのだが……

「え、えっと、今日は……」

「「「「「早く早く〜〜〜♪」」」」」

女子生徒は名雪の意見など聞く耳持たずといった感じで、強引に名雪を連れて行こうとする。

「あ……ゆうい……」

名雪が切なげな瞳で俺を見る。

う〜ん、どうするか……

ぶっちゃけた話、最近こういう輩のせい(?)で俺と名雪が一緒にいる時間が少ないってのも事実だし……

最近いつも北川と昼食ってるから、いい加減名雪と一緒に飯も食いたいんだが……


心の天使『何を迷うのです、貴方のしたいように行動すれば良いではないですか』


心の悪魔『あんな女子生徒は気にするこたぁはねぇ、とっとと名雪を奪い返してこいや!』


……行動決定!!(核爆)

「名雪っ!!」

俺は言うが早いか、女子生徒に連れ去られそう(?)になっている名雪の腕を掴むと、一目散に走り出した。

「えっ、祐一……!?」

「「「「「あ〜っ!! 相沢君っ!??」」」」」

後ろの方でなにやら女子が騒いでいたが、止まるわけにはいかないので、そのまま可能な限り俺はつっぱし

った。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「ふぅ、はぁ……ゆ、祐一?」

かなりの距離をかせいだところで、ようやく足をとめる。

俺の隣りでは、名雪が苦しそうに呼吸をしていた。

「ど、どうしたの、急に……」

ここで本当の理由を言ってしまうのは簡単なのだが、それでは俺らしくない。

「名雪と一緒に昼飯を食いたかったから……てんじゃ駄目か?」

って、何を本音言ってるんだ俺は〜〜〜〜〜!?

「ゆ、祐一……」

あ〜、案の定名雪真っ赤になっちゃってるよ……俺の顔も相当赤いな、こりゃ……

「……と、とりあえず飯買ってくるから待ってろ、いいな!!」

「あっ、ゆうい……」

名雪の返事を待たずに再び走り出す。

と、

「おぅ相沢、これ持ってけよ」

と、いきなり現れた北川が、俺にパンを差し出した。

「北川!? どうして……」

「さっき、水瀬連れて逃げてたろ? なら、必要になるかと思ってな」

言って、ほい、と北川はパンを俺に渡す。

「北川……スマン」

「気にするな、金は後で貰うからな」

「あぁ、サンキュ」

北川に礼を言って、俺は名雪の下へと戻った。

「あっ、祐一早かったね〜」

名雪は先ほどの所で俺を待っていてくれた。

「あぁ、北川が買っといてくれたんだ」

さっきのコトを説明しながら名雪にイチゴジャムのパンを渡す。

この辺、北川はしっかりと判っていると思う。

「いっちごっ♪ いっちごっ♪」

名雪は嬉しそうにパンにかぶりつく。

「お前はほんとに嬉しそうに食うよな」

何となく、そんな台詞が口から出た。

「だってイチゴだもん〜♪」

相変わらずの理由になってない答えが返ってくる。

「あ、でも……」

かと思ったら、名雪は更に言葉を続けてきた。

「今日は祐一と一緒のお昼だから……」

名雪は赤い顔で俯きながらそう言った。

「……」

くそっ、そんなに真っ赤な顔をされた上に、そんな事を言われちまったら……

「あ……え? 祐一?」

俺はたまらず名雪を抱き締めていた。

なんというか……嬉しさと申し訳なさが同居しているような奇妙な感覚だ。

考えてみれば、名雪がちっちゃくなってから、俺は家ではともかく、学校では気恥ずかしさや女子生徒達の

横暴(?)も手伝って、あまり名雪と一緒に居る事が少なくなっていた。

そのせいで名雪が寂しい思いをしていた事も幾度かはあっただろう。

それは間違い無く俺の責任だ。

「ごめんな、名雪……」

「えっ……」

「最近、寂しかったろ?」

「…………」

言葉は少ないが、名雪には今のでも充分に通じたはずだ。

「ごめんな、俺のせい……だな」

「ううん、そんな事無いよ」

名雪は涙を流しながら答えた。

それが強がりなのは、火をみるより明らかだ。

「……馬鹿」

だから、俺はより強く名雪を抱き締めた。

「ゆ、祐一、苦しいよ……」

「こんな時まで強がらなくていいんだ……」

「え……?」

「お前はいつもそうだ……七年前の、あの……時も」

「…………」

「けど、これからは強がる必要なんてないんだ。 もう、強がらなきゃいけない理由はどこにもないんだ」

そう、もう名雪が強がる理由はどこにもない。

もう、悲しみに暮れた俺はどこにもいない。

今いるのは、名雪を1人の女性として愛している、相沢 祐一だ。

「だから……せめて、俺の前でぐらい、素直になってくれ」

「……うん、ありがとう……」

名雪は、一言だけ呟くと、俺の胸に顔を埋めた。

「ごめんね……ちょっとこのままでいても、いいかな……?」

「……あぁ」

名雪は、俺の返事を聞くと、無言でそのまま顔を押し付けた。

「……祐一、あったかいね……」

名雪は静かな声でそう言ってきた。

俺はそれに答える代わりに、名雪の体をぐっと引き寄せた。

そして、健気で、いつも一生懸命な少女の体をただ静かに抱き締めていた―――



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