―――――放課後。 平穏無事に授業も終わり、後は家へ帰るだけとなった俺は、いそいそと帰り支度をはじめた。 元々帰宅部なので、放課後の部活とは無縁な生活にあるし。 「祐一っ、放課後だよっ♪」 「あぁ、わかってる」 それに、今日は昼休みのときに名雪と一緒に帰る約束もしていた。 というか、こんなちっちゃくなってる状態じゃおちおち部活にも出れないだろうしな……。 「んじゃ、いくか」 「うんっ」 席を立って、名雪と並んで教室を出て行く。 「あ、おい相沢!!」 ……と、ふと北川に呼びとめられる。 「ん? どうした?」 「どうした、じゃねぇよ」 言いつつ北川は右の手のひらを俺に向けて差し出してくる。 「……?」 訳もわからず俺も右手を差し出して握手………… 「ってちっが〜〜〜う!!!」 ものすごい勢いで俺の右手をはたく北川。 「もう忘れたのか? 昼飯だよ、ヒ・ル・メ・シ!!」 「昼……あ、あぁ!!」 思い出した思い出した。 そう、今日は昼時に一悶着あった上にイロイロあって、北川からパン貰ったんだっけ。 「そういやそうだったな、悪い悪い」 「ったく……ようやく思い出したか」 「んで、幾らだ?」 確か北川から貰ったパンはせいぜい4、5個。だから、600円もあれば充分なハズなんだが……。 「1000円」 「…………何?」 北川は予想外の値段を言ってきてくれた。 っていうか、どう考えても1000円はかかってないだろ!? 「ちょっとマテ」 「ん? どうしたんだ?」 北川はさもその値段が当たり前のように言ってくる。 「どう考えても1000円はかかって無いだろ!?」 俺が食いかかってくると、北川はニヤリと不敵な笑みを浮かべて近づいてきた。 「な、なんだよ」 そして俺の耳もとにまでくると他の奴には聞こえないような声で言ってきた。 「誰のおかげで昼間は水瀬とらぶらぶな時間を過ごせたと思ってるんだ……?」 「!!!」 「それに、あの後は俺と美坂で他の女子を抑えてたんだ。 1000円なら安いもんだろ?」 「くっ……」 今回ばかりは完敗か……畜生(泣 俺は北川から一旦離れると財布を取り出して、渋々北川に夏目漱石様を手渡した。 「へへっ、毎度ありぃ♪」 北川は、漱石様を受け取るとあっさりとどこかへ去っていってしまった。 北川……次があると思うなよ 「ゆういち〜、早く帰ろう?」 北川が去った後の教室の戸を恨めしそうに眺めていると、名雪から声をかけられた。 あ、そういえば今日は一緒に帰るんだっけな(汗 「悪い、んじゃ行くか」 少しの時とはいえ名雪の事を忘れていたお詫びも含めて、名雪の頭をポンと撫でて歩き出す。 名雪は一瞬で笑顔になって後ろについてきた。 「ねぇ、祐一」 学校を出てどれくらい歩いただろうか。 周りに学生の姿が見えなくなったあたりで、ふと名雪が口を開いた。 「ん? なんだ?」 「えっとね……手、繋いでも……いい?」 名雪は顔を真っ赤にしながら、かすれるような声でそう聞いてきた。 「馬鹿」 そんな名雪が可愛くて、俺は軽く名雪をたしなめるように言って、名雪の手を取った。 「別に聞くことじゃないだろ」 流石に面と向かって言うのだけは恥ずかしかったので、そっぽを向きながら言う。 あ〜、多分俺の顔、今相当赤くなってるんだろうなぁ………… だが、それでも名雪にちゃんと気持ちは伝わったようだった。 その証拠に、脇にいる名雪は、繋いだ手をぎゅっと握り返してきている。 過去にも名雪と手を繋いだ事は何度もあったはずなのに、昼間の事もあったからだろうか、今日のそれはなんだか妙に恥ずかしかった。 「おかえりなさい、2人とも」 玄関では、いつものとおり秋子さんが出迎えてくれた。 「ただいま、お母さん」 「ただいま、秋子さん」 「名雪、今日は早いのね?」 「うん、本当は部活があったんだけど……」 「『こんな姿』でやらせたら何が起こるかわかったもんじゃないんで休ませました」 名雪の台詞を奪うかのように、俺が変わりに説明した。 まぁ、嘘は言ってないわけだからよしとしよう。 だが、流石は秋子さんである。 「ふふ、そうですか。 ……若いっていいですね?」 あれだけの台詞で全てを理解したらしい。 秋子さんの余りに的確なその一言に、俺は思わず顔を赤くして俯いてしまった。 はい、すいません。 正直に白状します。 休み時間とかの時みたいに名雪を女子生徒(今回は部活の後輩等)に独占されるのが嫌だったので、無理やり部活休ませました。 ついでに、一緒にお昼食べた後は2人で昼寝してました。 いや、だって日差しが暖かくて気持ちよかったんだもの。 これくらいは別にいいだろう!? 「私は夕飯の準備がありますから、2人は部屋で一休みでもしててください」 玄関で立ち止まったままの俺を見て、秋子さんはそれだけ言うとささっと台所に下がっていってしまった。 「お母さん……?」 名雪は頭に?マークを浮かべながらとりあえず階段を上がっていく。 ……秋子さん、貴方には一生頭が上がりません。 俺は秋子さんに心の中で深く一礼した。 「名雪」 そして階段を上がっていこうとしている名雪を呼びとめる。 「なに? 祐一?」 「着替えたら、部屋にこないか?」 「うんっ、いいよ♪」 名雪は元気良く頷くと、たたたっと階段を上がって「なゆきのへや」と書かれたドアを開けて中に入っていった。 すいません、秋子さん、ご好意に甘えさせてもらいます……。 俺はそれを見届けてから、自分の部屋に入った。 丁度着替えが終わった所で、部屋のドアがノックされる。 「入っていいぞ」 その声のすぐ後に、名雪はおずおずと部屋に入ってきた。 俺はベッドに腰掛ける。 そして、自分の間を開けて、名雪においでおいでと手招きをした。 名雪は少し迷っていたが、覚悟を決めたらしく、いそいそと俺の足の間に腰掛けた。 ちょこんと座り込んだ名雪の頭をそっと撫でてやる。 「えへへ……♪」 頭を撫でられたのが嬉しかったのか、名雪は頭を擦り擦りと胸に擦りつけてくる。 それがあまりにも可愛くて、思わず抱き締めてしまった。 「あ……」 名雪は一瞬驚いたようだったが、すぐにこわばりを解いてくれた。 「なんだか、祐一今日はあまえんぼさんだね?」 抱き締めている手をそっと掴みながら名雪が言った。 「たまには、な……」 己の上半身を名雪に預けるように抱え込む。 「でも、嬉しいよ……」 名雪のその言葉を聞きながら、俺は名雪ごと斜めにベッドに倒れこんだ。 なんだか無性にこのまま眠りたい気分だった。 「なぁ、名雪……このまま夕飯まで寝ないか?」 既に半分ぼ〜っとした頭で名雪に問い掛ける。 「いいけど……」 名雪は一瞬台詞を止めると、もぞもぞと体の向きを変えてこちらを向いた。 「寝ちゃうまで、撫で撫でしてくれる?」 ちょっと恥ずかしそうな、でも幸せそうな笑顔で名雪はそう言った。 「……どっちが甘えん坊だよ」 俺は名雪の『お願い』に苦笑しながら、お望み通り、名雪の頭を撫でてやった。 「えへへ……♪」 名雪はそれがやはり嬉しいらしく、しきりに頭を胸に擦り付けてきた。 俺はそんな名雪の小さな体を優しく抱き締めた。 その華奢な体が壊れてしまわないように……。 今俺が持っている温もりがきちんと伝わるように……。 そして、こんな幸せな時間がいつまでも続きますように、と密かに願った。 戻る