《愛しい少女》 「……さん、祐一さん?」 突然聞こえたその声に、俺は慌てて振り向いた。 後ろにはチェックのセーターにエプロンを着けた美汐が立っている。 「お昼ご飯出来ましたけど……どうしたんですか?」 「わりぃ、ちょっと考え事してた」 ちょっとばつの悪そうな顔をしながら横たわっていたソファーから起き上がる。 美汐はちょっと考えた様子だったが、すぐに「そうですか」と言うとまたキッチンに戻っていった。 俺もその後に続く。 「お、今日の昼飯はスパゲッティか」 「えぇ、本当は和食の方が得意なのですけれども……たまには気分転換ということで」 テーブルの上に向かい合うように並べられているのは、美汐にしては珍しく、洋食モノだった。 しかし、当然というかなんというか、具材はしっかりと『たらこ』だったのだが。 まぁ、この際だ。そんな些細な事は置いておこう。 美汐がエプロンを脱いでテーブルに着くのを待って、俺は両手を合わせた。 「「いただきます」」 そして素早くフォークに手を伸ばす。 そのままぐるぐるとパスタを巻いて己の口に放り込む。 もぐもぐ……もぐもぐ…… 「……………………」 いや美汐さん、そんなに見つめられるとかえって食べにくいんですけど(汗) ……まぁ、そりゃ俺の反応が気にはなるんだろうけど。 ごくん。 「……どうですか?」 美汐が食い入るような目で聞いてくる。 「いや、美味いと思うぞ。お世辞とか抜きで」 俺は元来お世辞とかそういったものは苦手な性格だ。 なので、『よっぽどの事が無い限り』は思ったとおりに答えることにしている。 今回もまた然り。 美汐が作ってくれたたらこスパゲッティは、普通に美味かった。 お世辞とか、特別な感情とかを抜きにした素直な感想である。 「良かった……。両親以外の人に食べてもらうのは初めてだったので、少し緊張していたのですが……」 「いや、普通に美味いと思ったぞ? これなら毎日でも食べたいくらいだ」 「えっ……」 瞬間、美汐の顔が紅潮する。 むぅ、俺は何かおかしな事を言ったかな? 「……私は祐一さんさえ良ければ毎日でも……」(ぼそぼそ) 「? 何か言ったか?」 「い、いえっ、何でもないです……」 美汐は慌てて首を振ると慌てたように俯いてしまった。 むぅ、本当によくわからん。 その後、結局昼食が終わるまで美汐は下を向いたままだった。 「しかし美汐も大変だよな」 食後。 美汐がリビングに持ってきたお茶を飲んでいるときに俺はそう言った。 「いえ、そんな事はないです。せっかくの両親の記念ですし……」 そう。美汐の両親は今朝から銀婚式の記念だとかで別府だかどこだかの温泉に夫婦水入らずで旅行に行っている。 んで、美汐から家にこないか、と言われて現在に至るのである。 「でもなぁ、美汐だって温泉に入りたかったんじゃないのか?」 「それは……でも、両親の記念ですから」 美汐はちょっと考えたようだが、すぐに優しく微笑んだ。 その笑顔に胸がどきっとした。 しかし、それを美汐に悟られるのが恥ずかしくて、思わず俺はとんでもないことを口走ってしまった。 「それに俺と一緒になれるいい機会だったし、ってか?」 「?!!」 一瞬にして美汐の頬が真っ赤に染まる。 その反応を見て思わず言った俺までが赤くなってしまった。 しまった……墓穴だ……(汗) 「………………ったから」 「え?」 「…………最近、祐一さんと2人っきりになる機会が無かったから…………」 美汐は搾り取るようにして出した声でぼそぼそとそう呟いた。 あ、マズイ……止まらねぇ…… そう思ったときは既に手遅れだった。 俺は思わず隣に座っている美汐を抱き締めていた。 それも、優しく包むような抱き締め方なんかじゃない。 二度と離せなくなるくらい力いっぱいに抱き締めたのだ。 「ゆ、祐一さん!?」 頭の後ろから美汐の慌てた声が聞こえる。 けど、今だけは何がなんでも離したく無かった。 この、世界で……いや、この世で最も愛しい少女を。 「美汐……」 「んっ?!」 そのまま強引に美汐の唇を奪う。 美汐は一瞬驚いたようだったが、拒みはせずに受け入れてくれた。 漂う静寂の時間。そして、確かに感じる目の前の恋人(ひと)の鼓動。 その瞬間は、他に何も要らなかった……。 しばらくして、どちらからともなく俺達は互いの唇を離した。 だからと言って抱き締めていた体までは離す気になれず、俺は美汐の肩を抱き寄せた。 「……雰囲気も何もあったものじゃありませんね……」 「……嫌だったか?」 「そういうわけではないですけど……」 美汐は安心しきったように俺の肩に頭を乗せている。 「……今度からはもう少し優しくしてくれると嬉しいです……」 「……そうか……なら……」 空いていた左手で美汐の顎をくいっと持ち上げる。 そしてそのまま……今度は美汐が望むように優しい口付けを交わした。 俺の想いのありったけを込めたキスを……。 「こんな感じならどうかな?」 「……そうですね……こんな感じならいいかもしれないですね……」 美汐は優しく微笑むと全身を俺に預けてきた。 ―祐一さん― ―なんだ?― ―ずっと……傍にいてくださいね― ―あぁ、ずっと一緒だ……美汐― ―はい、祐一さん― そして、俺達は三回目の口付けを交わした……。 戻る