Piaキャロットへようこそ!3.3

【1st Order】

 冬の厳しさは終わりを告げ、暖かな空気が流れる春。

 周りには桜が咲き、新しい命が芽吹き始める季節。

 俺は無事に地元への大学進学も決まって、念願の1人暮らしへ向けて資金を蓄えようと

 していた。

 そこに急遽転がり込んできた、オーナーからのヘルプ要請。

 昨年の夏に一度経験した事や、時給が上がると云う事もあって、俺は即承諾した。

 何より、今度のヘルプは2号店。

 そう、俺の一番大切な女(ひと)―――ともみちゃんが働いている所だったから。

 去年の夏に俺は初めてともみちゃんと逢った。

 俺は本店から、ともみちゃんは2号店からのヘルプとして、新しくオープンする4号店

 にやってきたんだった。

 まぁ、その時の話は追々話すとして……と。

 今日これから、俺の新しいヘルプ生活が始まるっ!





「ふぅ、ようやく着いた……」

 JKR仲野駅の正面口。

 俺はようやく此処に辿り着いた。

 何しろ久し振りだったから一度電車を間違えてしまった(苦笑)

「確かともみちゃんが迎えに来てくれる筈なんだけど……」

 辺りをキョロキョロ見回しても、それらしき人影は見当たらない。

 時間……早かったかな? それとも、遅かった……?

「〜〜〜っ、えいっ♪」

「おわ!?」

 突然、俺は背中に衝撃を感じた。

「あはは〜っ、お兄さんだぁっ♪ 本物のお兄さんだぁっ♪」

 相手は確かめるまでもない。

「と、ともみちゃん……危ないから降りて……」

 そう、俺の恋人……愛沢 ともみちゃんだ。

 前に逢ってから結構経つのだが、ともみちゃんは相変わらずのようだ。

 いきなり抱きついてくるのには流石に驚いたけど(苦笑)

「えぇ〜っ? せっかく久し振りに逢えたのにぃ……」

 背中から不満げな声が聞こえてくる。

 俺としても、このまま背中に当たってるふにょふにょとした気持ちいい感覚を味わってい

 たいのはやまやまなんだけど……

 さすがに公衆の面前でこれ以上こんな事をしてるのも恥かしい訳で……

 今回は理性が勝たなければマズイ訳で……

 社員寮についてからならまだしも、ね。

 ……べ、別にそう云う事を期待してるわけじゃないぞ、うん。

「ホラ、これから社員寮に行かなくちゃいけないし、それにお店にも顔を出さないとっ」

 危ない想像を蹴散らすように慌ててまくしたてる。

 実際は今日はお店に顔をだす必要はあまりない(というか、全く無い)のだが、ともみちゃ

 んと食事をするっていうのはいい考えかもしれない。

「あ、そうだったね」

 ともみちゃんはあっさりと頷くと、すぐさま背中から降りてくれた。

 と同時に、背中に感じていた柔らかい感触が遠ざかる。

 う〜ん、やっぱりちょっとだけもったいなかったかも……

「じゃあ、早くいこっお兄さん♪」

 ともみちゃんは言うが早いか、俺の手を引っ張って走り出した。

「わ、わっ!? ともみちゃん、ちょっと待ってっ!!」

 制止の声も空しく、俺はあっさりとひきずられていってしまった。





「ここが2号店の社員寮だよ♪」

 ともみちゃんがこちらをくるりと振り返って満面の笑みで教えてくれた。

「へぇ……」

 眼前にある一風マンションのような建物。

 どうやらこれが2号店の社員寮らしい。

「結構大きいんだね」

「えへへっ♪ さぁ早くっ、こっちだよ、お兄さん♪」

 ともみちゃんはせかせかと俺を中に案内する。

 階段を上り、ある部屋の前でまたこちらにくるりと向き直る。

「此処がお兄さんの部屋だよっ♪」

 ドアの脇にあるネームプレートにも、確かに神無月 明彦とある。

 夏のような間違いはないようだ。

 ちょっとガッカリだな……

 今回は誰の着替えも拝めないのか……

「……お兄さん?」

「あ、え、な、何?」

 あらぬ妄想に頭がいっていたようだ。

 うう……反省しなければ。

「今日はどうするの? ともみはバイトないんだけど」

 幸い、ともみちゃんは感づいていなかったらしく(感づいてたらビンタは確実だったけど)

 いつものワクワクした表情でこちらを見ている。

「う〜ん、そうだなぁ……ともみちゃん、夕食はどうするの?」

「夕食? う〜ん、まだ決めてないんだぁ。 お兄さんは?」

「俺もまだ。 だったら、今日はPiaキャロットで食べない?」

「あ、いいね♪ さんせーい♪」

「じゃあ、30分後に、下の玄関でいいかな?」

「あ、それは大丈夫だよ」

「え?」

 何が大丈夫なのかと思っていると、ともみちゃんは隣りの部屋の前まで行って、またクル

 リとこちらを向いた。

「此処がともみの部屋だから♪」

「へ〜、隣同士なんだ……ってぇ!??」

 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 いや、だって、わかるでしょ?

 何て美味しいシチュエーションなのだろうかっ!!

 一つ屋根の下(正確には少し違うのだが)で、隣同士の部屋なんて……

 あぁ神よ。 私は今、深くあなたに感謝します……アーメン

「じゃあ、お兄さん、30分後にね♪」

「へっ!? あ、あぁ、うん」

 しまった! またあらぬ方向に妄想が……

 うぅ、俺いつからこんな風になっちゃったんだろ……?

 ともみちゃんはそんな俺に満面の笑みを返すと、自分の部屋のドアを開けて中へと消えて

 行った。

 はぁ、何か自己嫌悪が強まってるな、最近……

 誰もいない廊下で静かに溜め息を吐きながら、俺は力なくドアを開けた。



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