【2nd order 2号店従業員―――表の顔】




 何も無い部屋で、とりあえずの身支度をすませて明彦は部屋を出た。

 廊下では、既に準備が出来ていたともみちゃんが今か今かとせわしない様子で明彦を待っていた。

「ともみちゃん、お待たせ」

「あ、お兄さんっ♪」

 明彦が声を掛けると、ともみは待ち兼ねたように腕に抱きついて来た。

 突然の事に、明彦の頬は紅潮する。

「とっ、ともみちゃん!?」

「えへへ……♪ さ、早く行こうっ、お兄さん!」

 ともみはそのまま歩き出そうとする。

「ち、ちょっと!?」

 明彦は何とか抵抗を試みるが、ともみの次の行動に撃沈されてしまった。

「お兄さんは、ともみとこうするの……イヤ?」

(うわ……ともみちゃん、その上目遣い+うるうるの瞳は反則だよ……)

「い、嫌なワケが無いじゃないか」

「ホント?」

「勿論だよ」

「わぁいっ♪」

 それを聞いたともみはより一層強く抱きついて来た。

(いや、ともみちゃん、胸、胸が物凄く当たってるんですけど)

 そんな明彦の思惑は余所に、ともみは心底嬉しそうに笑っている。

(はぁ……仕方ないか。 ま、嬉しくないって言ったら嘘だしな)

 明彦は心の中で踏ん切りをつけると、「さ、行こうか」とともみを促した。










「いらっしゃいませ、お2人様ですか?」

「あ、お久し振りです、前田さん」

「あははっ、こんばんわ、耕治さんっ♪」

 店に着いた2人を出迎えた(というのもおかしな話だが)のは、他でもない前田耕治だった。

「あれ? ともみちゃん……それに、神無月君、夕食かい?」

「はい」

「そっか、神無月君は煙草吸わなかったね?」

「まだ未成年ですよ」

 明彦は苦笑しながら答える。

「ははっ、そりゃそうだ。 ……うん、禁煙席は空いてるね、それじゃ、こちらへどうぞ」

 耕治は禁煙席の空きを確かめると、2人をその席へと案内した。

「それじゃあ、注文が決まったら教えてね。 あ、ドリンクはサービスしとくから」

 耕治はそれだけ言うと、あくせくと次の仕事にとりかかった。

 どうやら今日もそれなりに忙しいらしい。

(まぁ、忙しくなかったら俺にヘルプ要請なんかこなかったんだろうけど)

 明彦は苦笑しながらメニュー表に目を通す。

 すると、見たことの無いメニューがあるのを発見した。

「ともみちゃん、この『旬の味盛り合わせハンバーグセット』っていうのは何?」

「あ、それはねぇ……」

 ともみちゃんは熱心に、それでいて判り易く説明してくれる。

 あぁ、こういうところはやっぱりともみちゃんもPiaキャロットの一員なんだなぁ、と明彦は感心した。

「……なんだよっ」

「へぇ……じゃ、俺はこれにしようかな。 ともみちゃんは?」

「ともみは……お兄さんと同じでいいよ♪」

「ドリンクはどうする?」

「う〜ん……ともみはオレンジジュースかな」

「判った。 じゃあ、俺はコーヒーにしようっと」

「注文は決まった? ともみちゃん」

 ふと、まるで2人の会話が終わるのを待っていたかのように、1人のウェイトレスが声を掛けてきた。

 その女性に、明彦は見覚えがあった。

 確か、夏にこの二号店を訪れた時に耕治に休憩がどうのと聞いていた人だ。

「あ、あずささん! えっと、旬の味盛り合わせハンバーグセット2つと、オレンジジュースにコーヒー下

 さいっ! あ、ドリンクは耕治さんの奢りだそうです」

「ドリンクは奢り? ……全く、耕治ったらともみちゃんには甘いんだから」

 あずさと呼ばれたその女性はどこか呆れたような声でそう呟いた。

 ちなみに、あの夏以来、ともみは耕治の事を「お兄さん」から「耕治さん」と呼ぶようになった。

(まぁ、理由は言わずもがな、賢明な読者諸君(爆滅)なら判ってくれる事だろう……というか、判って(ぉ)

(まぁ、分からない人は個別にメールでもくれれば事細かに教えちゃう……かも?>どっちやねん)

「まったくもう……えっと、注文は旬のハンバーグセット2つにコーヒーとオレンジジュースで良かったか

 しら?」

 あずさは気を取り直してオーダーの確認をする。

「はい」

「じゃ、ちょっと待っててね」

 あずさはそう言うとすぐに厨房のほうへと向かっていった。

「……そういえばさ」

「え? どうしたの、お兄さん」

 あずさが厨房に入るのを確認してから、明彦はともみに話し掛けた。

「ともみちゃんとゆうす……店長さん以外に俺が明日からヘルプに入るのを知ってる人はいるの?」

「う〜ん、どうだろう? ともみは誰にも話してないけど、店長さんは耕治さんとか、マネージャーの涼子

 さんには話してるかもしれない」

 だってその3人がこのPiaキャロットの正式な社員だからね、とともみちゃんは付け足した。

 なるほど、確かに社員にならば先に話が通っていてもおかしくは無い。

 まぁ、ともみちゃんには出来れば秘密にしておいて、後でびっくりさせてあげたかったんだけど。

「前は、もう1人社員のウエイトレスさんがいたんだよ。 葵さんって言って……」

 ともみちゃんは再びマシンガンのように話し始める。

 明彦も、その話題には興味が無い訳ではなかったので、暫く付き合うことにした。

「……でね、耕治さんが去年の春休みにバイトで戻って来た時も、3号店からいきなりやってきて宴会にな

 っちゃったんだよ」

「へぇ……それはまた、凄い行動力だね」

 明彦は苦笑するしかなかった。

 世の中には呑みたいが為にそこまで行動する人もいるんだなぁ、と他人事のように感心していた。

「お待たせ致しました」

 と、ともみと同年代かそれより下に見える少女が料理を運んできた。

「あ、美奈さん、ありがとうございますっ」

 ともみは、美奈から料理を受け取ってテーブルに置く。

「えっとぉ、ともみちゃんはオレンジジュースでいいんだよね?」

 美奈は言いながらオレンジジュースを置く。

「で、コーヒーが……」

「あ、俺です」

 美奈が差し出すコーヒーを明彦は受け取った。

「ご注文の品は以上でよろしいですかぁ?」

 独特のスローテンポで聞いてくる。

 この調子はどこか4号店にいるナナちゃんに似てるかもしれないな、と明彦は苦笑した。

「はい」

「では、ごゆっくりどうぞ〜」

 美奈は一礼するとそそくさと次の仕事に向かった。

「今の人、日ノ森 あずささんの妹で、美奈さんっていうんだよ」

 美奈ちゃんが去った後、ともみちゃんがそれとなく教えてくれる。

(へぇ……、う〜ん、何歳なのかな……中学生に見えなくも無いけど)

「あ、それとね、美奈さんは私の1こ上だからね」

「えっ!?」

 明彦は思わず素っ頓狂な声を上げる。

「あ、お兄さんやっぱり勘違いしてたね」

 ともみはやっぱり、と言った感じで笑いながら言った。

「ついでに説明しちゃうと、今レジに入ってるのが、マネージャーの涼子さん。 で、フロアに出てるのが

 あずささん、美奈さん、耕治さん。 後、厨房でお皿洗いを担当してる早苗さん、それに、木ノ下店長」

 それにともみも含めて、これが2号店の店員だよ、とともみは明彦に教えた。

(ちなみに、上のともみの説明には、厨房で働くコック達は入っていない)

「2号店の人たちは殆ど社員寮に入ってるの?」

「ううん、今寮に入ってるのは半分ぐらいかな。 寮母さんも兼ねてる涼子さんに、あずささん、耕治さん

 それに、ともみだから」

「ふ〜ん」

「でも、ともみも春休みが終わったら家に戻っちゃうんだけどね」

 ともみはちょっと残念そうに言う。

「でも、俺がヘルプで入ってる間は寮にいるんだろう?」

「うんっ♪」

「よかった。 なら、ともみちゃんと一緒にいられる時間が長いって事だね」

「お、お兄さん……」

 明彦のそのひと言に、ともみは思わず真っ赤になってしまう。

 当の明彦は初めは何だか判らなかったが、少しして自分がどれだけ恥ずかしい事を言ったのか気付き、自ら

 も真っ赤になってしまった。

「あ、いや、今のは……その」

「……ともみも、お兄さんとは出来るだけ一緒に居たいよ」

 明彦が慌てて弁明しようとした時、ともみはとても小さな声で、ぼそっとそう呟いた。

「え……と、ともみちゃん?」

「いつもは、そんなに頻繁に逢えないから……」

 ともみはまるで独り言でも言うかのようにぽつぽつと語っている。

「だから、今度のヘルプの間は……」

 恥ずかしそうにぽつぽつと離すともみ。

 明彦は、そんなともみがたまらなく愛おしく感じた。

 此処が公共の場じゃなかったら抱き締めている所だ。

「……ありがとう」

 だから、明彦は代わりにともみの頭を優しくなでた。










「そういえば、神無月君は明日からヘルプだったかな?」

 帰り際、レジに入っていた耕治が、明彦にそう聞いてきた。

「あ、はい」

「そうか。 なら、今晩は覚悟しておいた方がいいかもしれないな」

 耕治は意味ありげな顔をして言う。

「え……どういう事ですか?」

「ま、今に判るさ」

 と、





プルルルルッ、プルルルルッ、プルルルルッ!!





「やっぱり来たな……」

 耕治は半分諦めたような顔をしている。

 明彦は不思議に思いながらともみの方に顔を向ける。

 すると、ともみも気まずそうに顔を逸らした。

(一体なんだってんだ?)

『はい、Piaキャロット中杉通り店でございます』

 電話をとったのは、先ほどともみが言っていたマネージャーのようだ。

『葵!? なんでまた……えっ、うん、そうだけど……』

「やっぱりか……」

 涼子の電話対応を聞いて、耕治はまた溜め息を吐いた。

「……な、何がやっぱりなんですか?」

 なんだか聞いてはいけないことのような気がする。

 でも、さっきから首筋に走るこの嫌悪感を終わらせるには聞くしかなかった。

「神無月君、もう寮には入ったんだね?」

「え、えぇ……一応」

「お兄さん……今夜は覚悟しなきゃ駄目だよ……」

 ともみも項垂れる様にして言う。

「だから、なんなんですか!? あぁもう、ともみちゃんまでっ」

『全く、こういう事だけは耳が早いんだから……って、ちょっと!?』

 明彦がレジでおろおろしているうちに(笑)涼子の方の電話は終わったらしい。

 涼子も、耕治やともみと同じような顔でこちらに来た。

「前田君……」

「判ってます……。 神無月君、強く生きろよ」

「だからなんなんですか〜〜〜〜!?」

 耕治に諦め顔で肩を叩かれる。

「お兄さん……負けないでね」

 ともみに至っては、泣きそうな顔で訴えてくる始末だ。

(何だかものすご〜くヤバ気な雰囲気なんだけど……)

「と、とりあえず、御馳走様でした!! なんだかよく判りませんけど、また寮でっ!!」

 あまりの重い空気に耐え切れなくなった明彦は、そのままともみの手を掴んで2号店を逃げるように出てい

 った。

「…………」

「…………」

 重い沈黙。

 2号店を出てからというもの、何だか気まずくて明彦とともみはずっと口を利いていない。

 それは、寮に着いてからも同じだった。

 ともみが言葉を発したのは、部屋に入るとき。

「……じゃあ、また後でね、お兄さん」

 それだけだった。

(あ〜、もうっ、一体なんなんだ!?)

 部屋に入った明彦は、ベッドに寝転がる。

「前田さんやマネージャーさんは何だか神妙な顔つきになったし……ともみちゃんまで、あんな……」

(一体夜に何があるっていうんだ……)

 耕治や涼子、それにともみのあの不審すぎる態度。

《葵》と云う女性。

 どうも、それがキーワードのようだ。

(一体何が……)

 そうやって明彦が様々な考えを巡らせていると、



 ぴんぽ〜ん♪



 と、軽快な呼び鈴の音がした。

「は〜い?」

『神無月 明彦君の部屋かしらぁ〜?』

「そうですけど?」

 聞き覚えの無い声だ、と明彦は直感的に思った。

『とりあえず、ドア開けてくれるかしらぁ? ちょっと買いすぎちゃって……』

「は、はい……」

 言われるままにドアを開ける。

 するとそこには、タンクトップ姿で、嫌にたくさんのビールを抱えた、青い髪の女性が立っていた……。



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