【3rd order 宴会の女王、葵】 「キミが、神無月 明彦クン?」 ドアの前に立っていた女性は、開口一番そう言った。 「は、はい。 そうですけど……?」 明彦は恐る恐る答える。 目の前の女性は、それをみるとニコッと笑って肩を叩いてきた。 「そっか、そっか。キミがあのマネージャーの弟クンかぁ」 「へ……?」 明彦はそのあっけらかんとした態度に圧倒される。 だが、先ほどの言葉に一つの疑問を抱いた。 (……マネージャーの弟クン……?) その言葉から、明彦は一つの推論をする。 恐らくこの人は3号店の関係者なのではないのだろうか、と。 「あ、あの……3号店の人ですか?」 「えぇ、そうよ。アタシは皆瀬 葵。 3号店で貴方のお姉さんと一緒に働いているのよ」 葵、と名乗った女性はあっけらかんとした笑顔で言った。 なんというか、この女(ヒト)は、こういうきっぷのいい笑顔がイヤに似合っていた。 (あれ? 葵っていうと……) そこでまたも明彦に疑惑が浮かぶ。 確か今日2号店にともみちゃんとご飯を食べに行った時に前田さんや、涼子さんから出てきていた 名前だ。 「じゃ、お邪魔するわよ〜〜〜♪」 明彦がなにやら考えにふけっていると、葵は有無を言わせず部屋に上がりこんだ。 明彦は慌てて止めに入ろうとするが、時既に遅く、葵は既に買ってきていたビールやらなにやらを部屋に広げていた。 「もうすぐ他の皆も来るから、明彦クンも準備手伝ってくれるぅ?」 おまけに、何故か言いながら既にビールを1缶開けている。 「あ、あの…皆瀬さん?」 「やだぁ〜、葵でいいわよぉ」 葵はちょっと気恥ずかしそうに笑いながら答えた。 「じゃ、じゃあ、葵……さん」 「なぁに?」 「これは……?」 明彦は部屋に広げられた『大量の』酒類とつまみを見渡しながら言う。 「やぁねぇ、宴会用のおつまみとお酒にきまってるじゃないのぉ」 葵は何をそんなわかりきった質問を?といった感じだ。 (って事は俺の部屋が会場になるの!?) 「あ、あの……」 ぴんぽ〜ん♪ 明彦が更に何かを言おうとしたとき、またも玄関のチャイムが鳴った。 「あ、は〜い」 仕方なく明彦は再び玄関に向かう。 「どちらさま…………」 「こんばんわっ、お兄さん」 「……やぁ、神無月君」 「こんな夜遅くに、ごめんなさいね」 そこに居たのは、今日出会った2号店の面々だった。 「み、みなさんどうして!?」 そこには耕治の彼女の妹である美奈もいる。 昼間のともみちゃんの説明を聞いた限りでは、確か彼女は寮住まいではなかったはずだ。 「とりあえず、お邪魔させてもらうよ」 耕治は苦笑しつつ、まるで同情するかのような表情をしながら部屋に上がる。 女性陣もそれに続いた。 「あらぁ、耕治クンにあずさちゃぁん♪ それに美奈ちゃんまでぇ。 ひっさしぶりねぇ〜」 「はいぃ。葵さんにお会いする久しぶりの機会だったので今日はお姉ちゃんのお部屋にお泊りなんですぅ」 (あ、なるほど。そういえばあずささんはこの寮に住んでるんだっけ) ようやく美奈がこの部屋にきている事に納得した明彦。 ちなみに、明彦がウンウン頷いてる間にも、葵は着々と準備を終わらせていく。 葵はまるでここがさも自分の家であるかのように振舞っている。 そして、いつの間にやら乾杯の音頭がとられようとしていた。 葵のペースにすっかりノセられた明彦は、最早なすがままだった。 (何で? 何でこんなことになっちゃってるの!?) 「え〜それではぁ、神無月 明彦クンのPiaキャロット中杉通り店ヘルプ記念ア〜ンド皆の再開をいわってぇ……カンパ〜イ!!」 「かんぱぁ〜〜〜い!!!」 勢い良く上げられた葵のビール缶に続いて、皆がそれぞれのグラスを掲げた。 明彦も半分ヤケになってウーロン茶が注がれたグラスを掲げる。 「ングングング……ぷはぁ〜〜〜っ、くぅ〜〜〜、この為に生きてるって言っても過言じゃないわよねぇ〜〜〜♪」 「全くもぅ、葵ったらよくそんなにお酒が飲めるわよね」 「だってぇ、アタシはお酒の為に生きてるんだもの♪」 涼子の呆れたような台詞に、葵のなんというか、予想通りの答え。 涼子も始めからそういう答えが返ってくると判っているらしく、それ以上はなにも言わなかった。 「そんなことよりぃ、涼子ももぉっと飲みなさいよ〜〜〜♪」 「あ、ちょっ、やめっ……ングングングング……」 ノリノリの葵に押されて一気に酒を呷る(呷らされる?>笑)涼子。 当然、次第に顔は紅くなり…… 「あっはは〜〜〜♪ なんらか暑くなっれきちゃっらのら〜〜〜♪」 の裏モード(?)『脱ぎ上戸』の解禁である。 当然、仕事場での涼子しか見ていない明彦は目が点になってしまう。 「!?!????!!!?!!???」 「お、お兄さんは見ちゃダメぇ!!!」 ともみが慌てて明彦の目を閉じようと、覆い被さってくる。 だが…… つるっ 「きゃあっ!?」 「おわっ!??」 ともみは見事に足を滑らせて明彦にもろにぶつかってしまった。 当然、明彦はともみを抱き締める形になってしまう。 しかも、明彦の顔には…… (うわ……ともみちゃんの胸が……胸が当たってるよ……>汗) 「いたたたた……ごめんねお兄さん、大丈夫?」 頭の上からともみちゃんの声がする。 だが、今の明彦にまともな返事が出来るわけも無い。 「う、うん……」 (うわ……なんというか、この柔らかい感触が……>真っ赤) 「ごめんね、今どくから……っきゃあっ!?」 ともみちゃんの体が一瞬浮いたかと思うと、今度はともみちゃんの顔が真っ正面に現れた。 どうやら体を起こそうとした時にまた足を滑らすか何かしたらしい。 「あっはは〜、若いっていいわねぇ〜♪ 人目を気にせずイチャイチャ出来て」 葵が2人を茶化すように言う。 すると、ともみは真っ赤になって先ほどまでのドジ振りが嘘のように素早く立ち上がって明後日の方向を向いてしまった。 「あ、葵さん……」 明彦は困ったような目で葵をみやる。 だが、葵はそんな2人を笑い飛ばすだけだった。 「まぁまぁいいからいいから。 それより明彦クンも飲んで飲んで♪ 今日はお姉さんの奢りなんだからっ♪」 戸惑ったままの明彦に葵がビールを注いでくる。 「あ、葵さん、神無月君はまだ未成年なんですよっ!」 さすがにマズイだろうと耕治が止めに入る。 「なによ〜、相変わらず固いわねぇ……そんな子にはお仕置きしちゃうぞ♪」 だが、葵は不敵に笑うと飲んでいたビールをテーブルに置いた。 とっさに何かいやな予感がした耕治は、思わず身構える。 「そう簡単にはやられませんよ」 「あらぁ、果たしてどうかしら? だってお仕置きをするのは私じゃなくて……」 と、一瞬葵の姿が見えなくなった。 「えっ!?」 思わずあたりを見回す耕治。 だが、葵はどこにもいない。 「どこだっ!?」 「まだまだ甘かったわね、耕治クン☆」 後ろから声がした、と思った瞬間、耕治の体は前面に押し出された。 「わわっ!?」 慌てて止まろうとするが、運悪く目の前にあったテーブルの脚に耕治の足が引っ掛かった。 「っとぉ?!!」 そして、バランスを崩した耕治はあえなく前方に倒れこむ。 どさぁっ!! 耕治が想像していたほどの痛みは無かった。 何故ならば、耕治の体は『何か柔らかいモノ』によって床をの衝突を免れたからである。 ……なんか柔らかいぞ……? 確認しようにも目の前が真っ暗で何も判らない。 仕方なく当たりを手探りで探ってみる。 ふにゅふにゅ。 ん? なんか柔らくて温かいモノが…… 気になった耕治はもう一度手を動かしてみた。 ふにゅふにゅ。 やっぱりだ……でも、なんか触り覚えがあるような…… 「……いつまでそうしてるつもりかしら?」 と、耕治の耳になにやら聞き覚えのある声が聞こえてきた。 しかも、どうやら非常に怒ってるようだ。 ばっ!! 耕治はとっさに己が身を跳ね起こす。 すると寸前まで自分が居た『そこ』には、日野森あずさが倒れていた。 そして、先程耕治が手探りで触っていたのは…… ―――――ヤヴァイ 耕治は咄嗟にそう感じ取り逃亡を図った。 だが、時既に遅し。 「こぉの……ばかぁ〜〜〜〜〜!!!!!」 見事な右ストレートが耕治の顔面にヒットする。 「あずさちゃんなんだからね♪」 薄れ行く意識の中で、耕治は最後にそんな言葉を聞いたような気がした。 「…………」 一方、先程まで葵のターゲットと化していた明彦は、目の前の光景に唖然としていた。 神無月明彦が持っていた日野森あずさという女性の第1印象がものの見事に崩れ去ったからだ。 まぁ、普段Piaキャロットでウェイトレスをしているときの彼女しか知らなければ無理も無いのだが…… とかく、こうして神無月明彦のヘルプ生活0日目の夜は更けていったのである。 戻る