【4th order もう1つの再会】 夜が明けた。 昨夜の喧騒なぞ何処へ行ったかのごとく外は爽やかに晴れ渡っている。 昨日新しく越してきたばかりで、まだカーテンも引かれていない明彦の部屋には、春の柔らかな陽射しが存分に入り込んでいた。 「うぅ……ん……」 太陽の光が眩しくて目覚めたのか、明彦はまだ気だるい体を引き起こした。 腰には、恐らく誰かが掛けてくれたのであろう毛布が引っ掛かっている。 ……誰のだろ? 後でお礼言わなきゃな…… まだ引っ越してきたばかりの明彦は、荷物の整理すらまともに終えておらず、布団も引っ張り出してはいない。 なので、この毛布が自分のモノで無いことは容易に想像がつく。 毛布をベッドの脇に除け(恐らく前田さん辺りがベッドに運んでくれていたのだろう)、テーブルの方を見やる。 そこには昨夜の宴会の名残がまざまざと残っていた。 はぁ……バイトが終わったら片付けしないと……ってそうだよ! 俺今日からバイトだったんだ!! ヤバイ、今何時!? 慌てて携帯の液晶を見やる。 液晶の画面に映っているデジタル時計は、7時過ぎを指していた。 まだ早番でも充分に間に合う時間である。 はぁ……よかった 「んん……っ」 明彦が安堵したのと、その声が聞こえたのは同時だった。 「はは、しょうがないな……ともみちゃんってば」 ベッドの奥の方で寝ていたともみに気付いた明彦は、その幸せそうな寝顔を眺めつつサラサラした髪の毛を撫でる。 「んんっ……おにぃさぁん……♪」 「えっ!?」 明彦は一瞬ドキリとしたが、ともみのスースーとした寝息を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。 やれやれ……ビックリさせないでくれよな ……………………。 ……………………。 ……………………。 ……………………。 ……………………。 ってぇ?! な、なな、なななななな、何でともみちゃんが俺の部屋のベッドで寝てるんだぁぁぁぁぁぁっ?! お、おおお、落ち着けっ! 神無月明彦っ! お前はやれば出来る子だ、って志保ねーちゃんだって母さんだって言ってたじゃないかっ! だから別にともみちゃんがここで寝ててもそれは恋人同士として当然というかもう必然というかいやむしろ必修って違うし!? で、でもでも昨日は宴会みたいならんちき騒ぎがあったのであって決してともみちゃんとの激しい思い出なんかは無い訳であってして!! いや、もしかしたらあったのか!?つっても覚えてねぇからどんなことしたのかわかんないよもうあぁ損したんだか得したんだかって いや今そんな問題違うしっ!いやそりゃ惜しいけどってちょっとまて落ち着け俺ぇぇぇぇぇぇ!!! 「おにぃさぁん……」 と、明彦がベッドの上で1人悶絶していると、突然ともみの腕が明彦の腰に廻された。 いや、正確にはほぼ体ごとともみが明彦にくっついてきたのである。 「とっ、ともみちゃ……」 明彦は驚いて振り返る。 すると、まるでそのタイミングに合わせたかのようにともみは体ごと覆い被さってきた。 当然、明彦はその重みに耐え切れずともみごとベッドに倒れこむ。 「うわっ!?」 幸い、というのだろうか、スプリングのおかげで怪我は無かった。いや、あの程度で怪我などしていたら男形無しというのもあるのだが。 「!??!」 そしてお約束とも言うべき展開。明彦の顔の脇にはにともみの無防備な顔がある。 ここまで動いていながらに夢の中というのが空恐ろしいが、それでもその寝顔は僅かに口元が緩んでいる。 先ほどの寝言(?)から推測すると、恐らく夢の中で明彦とデートでもしているのだろう。 こうして近くで見てみると、と明彦は思った。 ―――ほんと、可愛い顔してるんだな。ともみちゃん…… 何故かはよく判らなかったが、ただ無性にキスがしたくなった。 「んっ…………」 僅かに顔を動かしてともみの小さくも可愛らしい唇に自分のそれをあてがう。 ただ唇を触れ合わせるだけの軽いフレンチ・キス。 たったそれだけの行為なのに、何故か心は酷く満足した。 「……ん…」 「……おはよう、ともみちゃん」 明彦が口を離すのとほぼ同時にともみの意識が覚醒したようだ。 「え……お兄さん? ……あれ?」 しかし流石に起きた途端に明彦の声が聞こえてきたり、目を開けばすぐ前には明彦の顔があったりでともみは少し混乱しているようだ。 「え、なんでお兄さんがともみの部屋のベッドに居るの?」 まぁそう思うのが当然なのかもしれない。実際立場が逆だったら明彦も同じ事を考えたであろう。 「いや、ここは俺の部屋なんだけどね。ほら、昨夜の宴会覚えてない?」 「宴会……じゃあひょっとしてともみ此処で寝ちゃったの?」 「多分。俺もよく覚えちゃ居ないんだけどね」 苦笑しながら明彦は答える。 実際、明彦が覚えているのは耕治があずさから吹っ飛ばされた後に、テンションが壊れた葵と涼子から散々飲まされた事だけだった。 恐らくともみはその途中、もしくは明彦よりも後に同じように酔い潰されたのだろう。 全く、酒好きなのはいいのだが程度を考えて欲しい。 既に高校卒業がほぼ確定している明彦ならまだしも、ともみはれっきとした高校生である。 その辺りをもう少し考慮してほしいものだ。 「……あ、いけない! お兄さん、今何時?」 「あぁ、まだ大丈夫。7時をちょっと過ぎただけだから、まだ早番でも十分間に合うよ」 「そうなんだ……良かった」 ともみは安心したように言うと、すっと体を明彦に寄せた。 「ともみちゃん?」 「お兄さん……。ちょっとだけ……こうしてて、いい?」 「え……あ、うん。いいよ」 大人しく重心を預けてくるともみを、明彦は優しく抱き締めた。 久しぶりに感じる互いの暖かさ。 2人はしばしの間その感覚に身を委ねた。 「おはようございます!!」 「おはようございま〜す!」 「おはよう、2人とも。愛沢さんは早速着替えてきてね」 「はぁい」 事務所では既に涼子が着替えを終えて始業準備を始めていた。 まだ九時半を少し回ったくらいだというのに全く感心なものだ。 「神無月君はちょっとシフトに関して話がありますから、着替えたらフロアには行かずここで待っていて頂戴」 「わかりました」 軽く頷いてから奥にある男子更衣室に入る。 そこでは、既にある男性が着替えを始めていた。 「あ、おはようございます!」 「おはよう……と、もしかして明彦君かな?」 その男性はYシャツの上に着重ねたベストのボタンを留めると、ゆっくりと明彦の方を向いた。 木ノ下祐介。Piaキャロット中杉通り店々長その人である。 「祐介さん、お久しぶりです」 明彦は祐介に向かって深々と会釈をする。 「はは、相変わらず礼儀正しいね君は。今日からだったね。すまないけど、よろしく頼むよ」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 爽やかに微笑む祐介に、明彦も自然と笑みを返す。 こういった所が祐介の魅力なのだな、と明彦は感じた。 とかく。 神無月明彦の二度目のヘルプは、いよいよ幕を開ける事となる―――。 戻る