受話器を持つ手が震えている。
 大丈夫、何もおかしくなんかない。あの人に電話をするなんていつものことだ。
 ただ、唯一おかしいところがあるとすれば、私が使おうとしている電話機が家のものでも寮の部屋に備え付けのものでも、ましてや己の携帯電話
などでもなく、公衆電話である、という事ぐらいだろう。

 や、やっぱりびっくりするかな……

 一度入れかけたテレホンカードを吸い込まれる直前でピタリと止める。
 そのままゆっくりと深呼吸。

 で、でもちゃんと言わないと……

 震える手をなんとか制して、テレカを挿入口に入れる。
 少しの間をおいて、残度数が四角いデジタル数字で表示された。
 残度数が十二分に残っている事を確認して、プッシュボタンを一つ一つゆっくりと押していく。
 11桁目を押すのにまたも躊躇いが生じたが、押さないわけにはいかない。
 意を決して最後のボタンを押し込んだ。

 プルルルルル.....

 運命のコール音が鳴り始める。
 もう後戻りは出来ない。

 プルルルルル.....

 気のせいか、コール音がいやに遠く聞こえる。
 その分自分の心臓の鼓動がとてもうるさかった。

 プル.....『はい、もしもし?』

 「あ、ああああのっ、朋也くんですかっ?」
 『あれ、椋?公衆電話からなんて珍しいな』
 「は、はい、ちょっと色々ありまして……え、えと、実はちょっとお話したい事がありまして……」

























 CLANNAD 二次創作(短編)
 藤林 椋SS   −双陽−

























 待ち合わせ場所に着くと、既に椋が居た。
 自分だって遅れてきたわけではない、約束した時間より実に15分程は早く着いたのに、なんだか申し訳ない気分になった。

 「悪い、遅れた」
 「あ、朋也くん。そんな、まだ時間までには余裕あるじゃないですか」
 「椋の方こそ大分早く着いてるじゃないか。なら少なからず待たせちまったって事だろ?」
 「そ、それはそうですけど……」
 「時間がどうこうじゃなくて、俺が椋を待たせたくないんだ」
 「あ、え、えと……ありがとうございます」

 顔を真っ赤にしながら、それでもにこりと微笑んでくれる。
 この顔が見たいから、どうしても似合わないようなクサい台詞を出してしまう自分がいた。

 「んで、今日はどうしたんだ?話があるって言ってたけど」
 「あ……」

 が、話を切り出した瞬間、目に見えて椋が落ち込んでしまう。
 え、俺なんかまずい事言った……か?

 「と、とりあえず歩きませんか?」
 「あ、あぁ……いいけど」

 繕っているのがバレバレだったけれど、とりあえず賛同して歩き出す。
 何か話しかけようかとも思ったけれど、隣を歩く彼女の表情が重くて、何も話し出せなかった。
 ……俺、なんか悪いことしたかなぁ?
 ここ最近の動向を振り返ってみるものの、どうも思い当たる節が無い。
 二年前の春に付き合い始めてからこっち、喧嘩らしい喧嘩すらしたことがなかった。
 つい3日ほど前だって激しく愛し合ったばかりである。
 とすると、なんだ?
 後思い浮かびそうな事というとせいぜいが学校で何かあったか、ぐらいだ。
 男の俺にはよくわからないが、女同士というものは何かドロドロした部分でもあってそれで落ち込んでいるのだろうか?
 うーん……わからん?

 「あ、あの……あそこのベンチにでも座りませんか?」
 「え、あ、あぁ。って、ここは……」

 突然掛けられた声に驚きながらも腰を下ろす。
 座ってから気づいたのだが、ここは最近ようやく稼動し始めたばかりの総合病院の前庭だった。
 看護士さんに車椅子を押されて散歩している人や、点滴を片手に歩いている人も居る。

 「私、ここの風景が好きなんです」
 「ここの風景、が?」
 「はい。正確には風景っていうよりここから見える世界が、なんですけど。ここには、病院で病気や怪我と闘っている方たちが大勢居ます。中には
症状が重くて大変そうな人も居ますけど、皆治ることを信じて必死で頑張ってるんです。それを見てると、私も頑張らなきゃ、って気になるんです」
 「……そっか」
 「今まで、何度も挫けそうになったり、へこたれそうになりました。けど、そんな時、半分は朋也くんに……もう半分は、ここから見える『世界』に励ま
されて頑張ってきたんです」

 そこまで言うと、椋は何度かゆっくりとして呼吸を繰り返して、息を整えてた。
 わからない。さっきまでの暗そうな面持ちと今の話、それにその行動がどう繋がるのかさっぱり判らない。

 「……で、ほ、本題なんですけど……」

 きた。

 「あの、その……実は……ですね」

 椋はとんでもないくらいしどろもどろになりながら必死に言葉を紡ごうとしている。
 こんな必死な様子の椋を見るのは多分高校時代以来だろうか。
 だが、それだけに余計何を言おうとしているのかわからない。
 ただどんなびっくりな言葉が出てきても驚かないように、体中に力を込める。
 さぁ……どんとこい!


















































 「で、出来ちゃいました……」


















































 「……へ?」
 「で、ですから、その……私と、朋也くんの……」

 椋は言いながら自分のお腹に手を当てる。
 待て、ちょっと待て。
 えーと、アレだ。出来ちゃったってことはアレなわけで、しかも俺と椋のって言いながらお腹に手を当ててるってことはもうアレしかないわけで……

 「その、なんだ。多分間違ってはないと思うんだけど……俺と、椋の……子供?」

 恐る恐る聞いてみると椋はコクリ、と恥ずかしそうにうなずく。

 「…………」
 「と、朋也くん?」

 驚愕、僥倖、逡巡。
 一瞬で様々な感情が頭の中を駆け巡る。
 椋に子供が出来た事はこれから起こるであろう問題などを放置すれば、純粋に嬉しい。
 だが、方やしがない電気工。方やこれから社会の荒波へ漕ぎ出そうとしている看護士見習い。
 しかも2人とも20という若さだ。
 問題は多々あるだろう。学校、椋の両親、杏、その他諸々。
 俺はそれを全部抱え込めるのか―――――?
 葛藤を抱えたまま隣に居る椋を見やる。
 椋は心配そうな面持ちでこちらを見つめていた。
 その顔を見た瞬間、全ての決意が固まる。

 「……椋」
 「は、はい!?」
 「なんか、順番が逆になっちまった気がするけど……」

 そこまで言って一呼吸おく。
 そうだ、何も迷う事はない。
 元から椋以外の相手など考えられない。
 ただ、それが早まってしまっただけのこと。
 覚悟なんか、とっくにできていたんだ。
 椋の顔をまっすぐに見つめる。
 俺には勿体無いくらいの可愛い彼女。
 世界で一番愛しい女の子。
 この子より大事なものなんて、俺には無い。
 だから、俺は次の一言に彼女に対する全ての想いを込める。





 「結婚、しよう」




《後書き》 誰がなんと言おうと誕生日SSです、ハイ。 しまさんは藤林椋を力の限り応援しています。 でも魁は応援してません(ぉ 2005/09/09脱稿 2005/09/09UP 拍手ボタンです。何か思うところありましたらポチっとどうぞ。 もどる