見てはいけないものってあると思う。
 例えば排水溝の中とか、幽霊とか、社会の暗部とか。笹瀬川さんが腐女子に調教されるお話とか。
 程度はあるけど、どれもきっと「見なきゃ良かった」と思う類のものだろう。
 そう、そして僕も今、その「見なきゃ良かった」ものに直面している。
 だってそれは間違いなく今後に影響を与える。色眼鏡で見てしまうようになる。
 僕の意識の問題かもしれないけど、それでも今回のは「僕は何も見ていない」で済まされる問題じゃなかった。
 だって……
 
「すぅー…はぁー…ああ、やっぱりいい匂いですわ」
 
 体操服姿の笹瀬川さんが、僕の靴下の匂いをかいでいるんだもの。





『猫に理樹たび』





(変態だー!!?)

 僕は心の中で強く叫んだ。
 いやだって変態以外の何者でもないでしょあれ。
 靴下の匂いを嗅いでいる少女、どう贔屓目に見ても変態だ。
 最近僕の私物であるタオルとか下着とかがなくなるのも彼女のせいではないかと疑ってしまう。むしろ確定かもしれない。あんなの欲しがる人なんてそうそういるわけないし。
 ともかく、これはひどいものを見てしまった。
 たまたま、そうたまたま部室の鍵があいてて誰かいるようだったから、一体誰がいるんだろうとこっそりのぞいた結果がこれだよ。
 
「すぅー…ん、はぁっ、んんっ」
 
 中にいる笹瀬川さんはというと僕にのぞかれていることにも気づかないで一心不乱に匂いを嗅ぎ続けている。
 心なしか表情がエロい。エクスタシー状態なのかもしれない。
 次第に笹瀬川さんの手がブルマの方へと擦り寄ってきて――
 
 ガタッ
 
 しまった! 思わずよく見ようとして音をたててしまった!
 だって異様にエロかったんだもの! よく見たくなっちゃっても仕方ないじゃない!
 
「だ、誰ですの!」

 正気に返った笹瀬川さんは周りを見渡す、しっかりと僕の靴下を握り締めたまま。
 自分に言い訳している場合じゃない、ここはこっそり退却しないと。
 僕は再び音をたてることがないよう抜き足、差し足、忍び足でこの場を離れようとする。
 
「待ちなさい直枝理樹!」
「うわあっ!」

 無理でした。
 いつの間にここまで距離を詰められたのか、すぐ真後ろにいた笹瀬川さんは僕の襟をつかむと部室へと引っ張り込む。
 そして笹瀬川さんは部室の入り口の前に仁王立ちをする。
 退路を絶たれた状況だ。
 
「さあ、どこから見ていたのか教えてもらいますわ」

 先ほどとは打って変わって鬼のような形相で僕に尋ねてくる笹瀬川さん。
 
「な、なんも見てない――」
「嘘おっしゃい! ならどうして逃げる必要がありますの!」

 おっしゃるとおりで。ともかく、これで正直に答えないといけなくなった。
 
「えっと、その。笹瀬川さんが靴下を嗅いでいるところを――」
「見てしまったんですわね?」
「は、はい」
「そう、見てしまったんですの……」
「ね、ねえ、どうしてこんなことを……」

 もしかしたら聞いちゃいけないことなのかもしれない。
 でも、どうしても聞かずにはいられない。僕は意を決して質問する。
 
「だってこれじゃ変態……」
「ち、違っ! 決してそんなことはないのですわ!」

 しまった、思わず言ってはいけないことまでポロリともらしてしまった!
 必死に否定する笹瀬川さん、そりゃそうだ、変態と言われて否定しない人は色々と終わっている。
 
「ただ、そう、こう最近直枝の近くにいると顔がぽーっとなって思考がぼやけてなんだか気持ちいいんですの」
「え、それって――」
「それで、試しに直枝の身につけたものをちょっとお借りして、匂いを嗅ぐとなんだかあったかい気持ちになって……」

 そういって笹瀬川さんは手に持っていた僕の靴下を顔に近づける。
 
「あったか………あ…熱う……っ♪」
「やっぱり変態だー!!?」

 身体をふるわせ、ぽやーっと幸せそうな表情になってにやけている危険な笹瀬川さんを見て、思わず叫んだ。
 
「は、わたくしとしたことが!」

 僕の叫びで正気に返った笹瀬川さん。
 
「……また、見てしまいましたわね?」
「う、うん」

 こんな間近でされてしまっては見ないなんて芸当は不可能です。

「……こんな話知っていらして?」
「な、何かな?」
「人の記憶を奪うには頭部に強い衝撃を与えるのが一番良いというものですわ」

 そういって笹瀬川さんは近くにあったバットを手につかむ。

「い、いやいや! それって多分基本漫画の世界での話だし! それにそんなもので殴られたら死ぬ――」
「問答無用ですわ!」

 バットを振り上げ、襲い掛かってくる笹瀬川さん。
 逃げようと思わずあとずさりするものの、バランスを崩してしまい思わずしりもちをついてしまう。

「うわぁああっ!」
「覚悟なさい直枝理k−きゃあっ!」

 しかしそれが結果的によかったらしく、笹瀬川さんは目下にいる僕を殴ろうとしてバランスを崩してしまった。
 バランスを崩した笹瀬川さんは僕に覆いかぶさるように転んでくる。

「あいたたた……大丈夫? 笹瀬川さん」
「……」

 声をかけてみるが反応がない。
 
「おーい、笹瀬川さん?」

 なかなか動こうとしない笹瀬川さんに不安を覚え、もう一度呼びかけてみる。
 
「……いい匂い」
「へっ?」

 嫌な予感がして僕の身体に顔をうずめている笹瀬川さんの頭を上げる。
 その表情は軽くイっちゃっていた。緩んだ口元からは涎までたらしている。
 
「もっと…もっと……」
「ちょ、さ、笹瀬川さんしっかりして……!」

 何かに憑かれたかのように僕の身体に身をうずめようとしてくる笹瀬川さん。
 僕も必死で引き離そうとするけども全く動く気配を見せない。
 やばい、こんな現場を誰かに見られたら変に疑われてしまう!
 
「こらーお前らなにやってるんだ!」

 そしてこういうときに見つかってしまうのがお約束なわけで。
 部室の扉の先には鈴の姿があった。
 
「り、鈴これはね……」
「いいから離れろ!」

 つかつかとこちらの方へやってきた鈴は、僕が引き離そうとしても無理だった笹瀬川さんをあっさりと引き剥がす。
 
「ちょっと、何をなさいますの!」
「お前こそ、理樹の靴下を手に持ってなにやってるんだ? 変態か?」
「なっ!」

 鈴の一言は笹瀬川さんに効果的だったようだ。あれ、でもどうして僕の靴下だってわかったんだろう。似たようなものはたくさんありそうな普通の靴下なのに。
 
「そういうあなたこそ直枝理樹のシャツなんて身に着けて!」

 え、どういうこと? 鈴は普通に制服姿だから中に着ているものなんてわからないと思うんだけど。
 
「どうしてわかった!?」
「ええー!!?」

 あっさり鈴から笹瀬川さんの発言が事実であることが告げられる。僕の下着を盗ったのは笹瀬川さんじゃなくて鈴だったのか。
 
「そんなもの、あなたから直枝理樹の匂いがしたからですわ」

 ねえ、僕ってそんなに匂うの? おかしいな、真人や謙吾よりは運動量は少ないはずだし、必ず洗濯にも出しているはずなんだけど。
 
「だって、理樹の匂い嗅いでいるとなんか気持ちいいんだ。ふにゃーって気分になるんだ」
「それでシャツをお借りしたと。まあ、気持ちはわかりますわ」

 僕の匂いはマタタビかなんかなのだろうか、うん、二人とも猫っぽいし考え方は間違ってないはず。
 なにはともあれ、どうやら変態二人は共感したようだ。
 
「だからその靴下をよこせ!」
「あなたこそそのシャツをお脱ぎなさい!」

 そしてあっさりと敵対。同属嫌悪ってやつだろうか。
 いつでも飛び出せるよう臨戦態勢になり、お互い隙を見せないようににらみ合う。
 
「ふ、二人とも。それは元々僕の――」
「何か言ったか?」「何か言いまして?」
「い、いえ」

 間に入ろうと正論を述べるものの二人の迫力に気おされ、ついひいてしまう。
 
「! いいことを思いつきましたわ!」
「ん、なんだ?」

 にらみ合っていた笹瀬川さんが突然、鈴に対しての警戒を解いた。
 笹瀬川さんのいいことって、多分僕にとってはすごくよくないことのような気がする。
 
「わざわざお互いが手に入れたものを取らなくても、直枝から直接衣類を取ればよろしいのですわ!」
「おお、頭いいなささみ!」
「いやいやいやいや!!」

 案の定すごくよくないことだった!
 それって単なる標的変更じゃないか、弱いもの狙いじゃないか、弱肉強食じゃないか!
 
「そういうわけですわ、直枝理樹」
「というわけだ理樹」

 二人の視線が僕に向かう。
 あの目は獲物を定めた目だ。その眼力はライオンレベル、あれだって猫科だし。
 
「あ、あのさ。二人とも落ち着いて……」
「大丈夫、十分落ち着いてますわ」
「そうだ、あたしたちはれいせーに考えているぞ」
「どこが!?」

 冷静ならそんな息を荒げたり、手をわきわきさせたりしない。
 そんな動作はどう考えても興奮している人の動きだ。
 
「さあ、いきますわよ」
「かんねんしろ理樹!」

 二人が襲い掛かってくる。どうやったらこの危機を乗り越えられるのか。
 そのとき、たった一つ、逆転の秘策を思いつく。
 そもそもこうなった原因、それを逆に利用すればもしかしたら。
 
「二人ともっ!」
「え……きゃあっ!」
「うわあっ!」

 僕は逆に二人へと飛び込み、抱きついた。
 やられる前にやれ、というわけではないけれど、僕の匂いでおかしくなったのなら、それを間近で嗅がせたらさっきみたいにへろへろのふにゃふにゃになってくれるのではないかと。
 そのまま、3人で床へと倒れこむ。

「り、理樹! なにをする…ん…にゃ……ふにゃあ」
「何をなさるんで…す…にょ…」

 どうやら僕は賭けに勝ったようだ。
 ものすごく幸せそうな表情でふやけている二人をみてほっと一安心する。
 これで最悪の事態は免れたのだから。
 
「理樹……くん?」

……あれ? 免れ…てない?
 部室の扉の先には小毬さんの姿があった。
 そして今の僕はというと鈴と笹瀬川さんを押し倒したような状態。
 
「あのね、ちょっと部室に用事があったから来ちゃったんだけど…その…うわーん、ごめんなさーい!」

 案の定、勘違いした小毬さんはこの場から逃げ出していく!

「あ、ちょっと小毬さん。ねえ、誤解だから待ってよ!」

 逃げる小毬さんを追いかけようとするものの、鈴と笹瀬川さんがしがみついてきて立ち上がることができない。
「ふにゃあ〜……」
「すきですわ…だからもっと……」
「二人ともお願いだから正気にかえってよ! あーもう! 誰か助けてー!!」

――結局、事が済んだのは恭介たちが助けに来てからだった。
 それ以降、僕の称号が『怪奇! マタタビ人間!』になったのはいうまでもない。
 
 

おわり


あとがき
 どうも、はじめての方ははじめまして。御馴染みの方はこんにちは。神主あんぱんです。
 基本的に批評を恐れて祭りには参加しないのですが、今回はしまさんが主催者であり、批評のありなしも選べるっつーことで参加しました。
 相変わらずノリと勢いだけで書いてますが、そんな私の作品読んで楽しめたって方は別に掲示板に長ったらしい感想書かなくても、Web拍手とか使ってただ「おもしろかった!」とかそんな調子で一言お伝えいただけるとうれしいです。あ、長い感想は長い感想で超うれしいですけども(ぉ
 最後に、この作品を読んでくださった方と主催者へ、本当にありがとうございました。



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