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 はじめに聞こえてきたのは、小毬の声。
 いつも明るくゆるゆるのテノールが、倉庫代わりに使われている一通りの少ない空き教室の中で、妙に艶のある断続的な悲鳴を響かせている。

「……きょ……きょうすけさん、やめて……恥ずかしい、恥ずかしいから…………」

 熱のこもった懇願と拒否。けれど、最後には恭介の名前を呼んで、鈴が今まで聞いたことのない嬌声を上げていた。
 ドア越しに固まっていた鈴は、自分の顔が熱くなっていることを自覚する。後ろめたさと罪悪感を抱えて、「これ以上見ちゃダメだ」と警笛を鳴らしているのに、覗いた隙間から見える光景は、それでも鈴を、どうしようもなく釘付けにしてしまう。
 中ではアヒル座りの小毬がスカートをたくし上げて、せがむように熱っぽい視線を恭介に送っている。それに応えるように、恭介は下着の隙間から秘所に指をあてがい、ゆっくりと蠢かしては、羞恥に身悶える小毬の様子を何度も何度も愛撫する。それから唇といわず、頬、首筋、胸へ舌を這わせ、小毬の身体に自分の足跡を残していった。



 親友と実の兄。
 週に一度の頻度で行われている二人の行為に、鈴が気づいたのは随分前のことだ。放課後の教室で、他愛の無い話で盛り上がっていた鈴と小毬の間を裂くようにして、恭介が小毬を連れ、どこかへいなくなることが頻発するようになったのが多分―――事の発端だろう。
 親しくなった小毬と恭介が順調に進展を重ねて、ひと月ほど前から付き合うようになったことを二人から聞いていた鈴も、初めのうちは「そういう関係なのだ」と周囲に宥められて、釈然としないながらも一応、引き下がってはいた。小毬と遊べる時間が少なくなっても我慢もしたし、小毬が恭介と付き合って嬉しいのならそれで良いと、初めのうちは無理に納得させてもいた。
 けれど、鈴はまだ子供だった。
 親友を取られてしまった事への嫉妬心。二人が遠くへ行ってしまったような疎外感。他にも要因は色々あっただろうが、前々から小毬と一緒に行く約束をしていた甘味所巡りの話が、当日、急に間に入った恭介に反故されたのが決定的となった。
 困惑する小毬を連れて行かれたことが癪で、そしてなにより、以前から二人が何をしているのかが疑問だった鈴は、後をつけた先で目撃したそれに衝撃を受けた。
 放課後の校舎。夕闇に包まれ、つい5分ほど前まで一緒に遊んでいた小毬が、恭介に促されるまま、空き教室で身体を重ね合わせて、見たことのない姿をさらしている。
 いつもほんわかしている彼女と、今ここで喘ぎ声を洩らしている彼女の落差に、鈴は困惑と怯えにも似た感情をぶつけられ、気づいたときには逃げるようにして教室を後にしていた。



  * * *



 それからだ。妙に下腹部が疼くようになったのは。
 痺れる感覚に我慢できず、恭介が小毬にしていたように自分のそれを指で擦ってみても、ただ痛いだけで、夜も眠れず、こちらの意思と無関係に白濁した液体が止め処なく溢れ出てくることに、鈴は苛立ちを募らせるようになっていた。
 隠しているつもりでも傍目には剣呑な空気は伝播するようで、付き合って間もない理樹からはいらぬ心配をされ、真人にはからかわれ、ぷりぷり怒ってみるものの。先日見てしまった小毬と恭介にはどんな顔をしていいのかわからず、ひたすら逃げ続けるような毎日が続き、鈴のストレスは溜まる一方だった―――。
 それでも……いや、だからこそ。
 放課後遅くに行われる恭介と小毬の『行為』にだけは、鈴は敏感に察知した。
 鈴が覗く場所はいつも同じ。空き教室からあぶれた机の山に隠れるようにして、稀に廊下を歩いてくる教師や生徒をやり過ごしては、そっとドアの隙間から、息を殺して二人の行為を覗きみる。
 普段はソフトなもので終始しているそれも、得体の知れない道具を使って小毬のお尻や膣に挿入しては、いたぶるような、なじるような行為を恭介がしていることもあった。それを虐めだと早とちりして鈴が思わず止めようとしたこともあったけれど、小毬の顔は鈴の予想していたものとは違って、悶えながらも涎を垂らし、甘えるような熱っぽさを持った……見ている鈴が、顔を真っ赤にしてしまうような蕩けた顔だった。
 そういった一連の行為を見る都度、蒸れたようにぬらぬらとしている下腹部の暴走を慰めるため、鈴は良くも分からない稚拙な自慰を繰り返し、よくもわからない感情に振り回されるようになっていった。









     ―――コピーキャット―――











「ちょっと、棗鈴! どこに連れて行くつもり!?」

 寮を抜け、自分の腕を掴みずんずん夜の校舎に引っ張っていく鈴に向けて、つんのめりながらも戸惑う笹瀬川佐々美は叫んでいた。
 女子寮を徘徊している棗鈴に、いつものように佐々美がちょっかいをかけたのが10分ほど前のこと。常日頃からよくわからない言い掛かりや、暴言に苛立たされてばかりいた佐々美が、珍しくもしおらしい棗鈴を発見してこれ幸いと思ったのは言うまでもない。日頃の鬱憤を吐き出してやろうとつんけんな態度で突っ掛かり、いつものようにバトルという流れに突入したら、思いのほか強引な反撃を喰らい、久方ぶりに負けてしまうという醜態を佐々美は晒してしまっていた。
 目を回している後輩三人を背景に、今度は私品の何を取られるのかと恐々としていたら「ちょっと来い」とばかりに女子寮を抜け、夜の校舎まで連れて来られていたというのが今の状況である。
 見慣れた校舎とはいえ、さすがに夜ともなると静かなものだ。窓から差し込む月明かりと外灯の光をたよりに、鈴と佐々美の息遣いだけが木霊する。
 時折、聞こえてくる何とも判別の付かない異音や気配に、佐々美の足元は竦み上がって気後れ気味だ。それを悟られまいと虚勢を張っているつもりでいて、無意識に鈴の手を強く握り返している佐々美は、何処へとも知れず連れて行かれる不安で徐々に鈴に依存している自分にまるで気づいていない。
 北校舎の階段を延々と上りつめ。三階の薄暗い廊下を引かれ。やってきたのは突き当たりに位置した空き教室だ。佐々美を先に押し込んだ鈴は、尾行が無いかを入念に確認すると内側からドアを施錠する。

「な、なにを……!?」

 怯えを露わにする佐々美を無視して、ベランダ窓に簡易ロックが施されていることを確認すると、鈴は小さく吐息して、それからさっとカーテンを引いた。唯一の外光が遮られ、隙間から差し込むほんの少しの光源を除けば、倉庫として使われている教室は1m先も覚束無い闇に飲まれてしまう。
 正対する鈴の姿もおぼろげで、言いようのない不安に駆られた佐々美は、鈴の隙を突いて教室から逃れようとドアに手を掛けた。錠はどの教室にも付いている方式で、鉤爪型の金具がドアと壁を物理的に咬むような機構なっている。外から開けるには鍵が無ければ不可能なそれも、中からであれば簡単に開く仕組みだ。
 冷静であれば、ものの1秒とかからず解除できたであろうに。夜の校舎という特殊環境。それから強情で、どこかいつもと違う鈴の雰囲気に震える佐々美の手は、鈴に塞がれるまで益体のない悪戦苦闘を繰り返しただけだった。

「ささみっ、まて、逃げるな……!」

「は、放しなさい! こんな夜遅く、人気の無いところに連れてきたかと思えば、何も言わずに部屋に鍵をかけて……これで逃げない方がどうかしてますわっ!」

「お前、ごちゃごちゃうるさいっ。いいから少し静かにしろ。あたしの話を聞けバカっ、誰かに見つかったらどうする、ぼけー!」

 至極当然の佐々美に問答無用で言いたい放題の鈴だが……困惑というか、今にも泣き出しそうな……懇願している口調であることに気づいて、佐々美は少しだけ冷静さを取り戻す。

「……お前に、少し教えてもらいたいことがあるだけだ。こんなことをしているってみんなにバレたら、あたしが困るんだぞ」

 目の前の鈴は唇を尖らせる。やがて夜目に慣れてくると、鈴の顔は湯気が上りそうなほど赤くなっていることに気づいて佐々美は目を丸くした。
 人の風評なんて気にも留めないような棗鈴が、こうまで厳重に防壁を張って、他の人間に隠したいことがあるというのが正直、佐々美は不思議でならなかった。
 それに―――

「なんでまた、わたくしなんですの? あなたでしたら神北さんにでも相談するのが普通でしょうに」

「ダメっ! こまりちゃんはダメだっ! それだけは絶対だめ……!」

 素朴な疑問は、予想外の激しい拒絶に遭ってしまう。焦燥感漂う鈴の表情は、やがて「しまった」という狼狽えたものへと変わり、事情の知らない佐々美もこれには得心いったように目を細めている。

「……ふ〜ん?」

 つまり、最も信頼している神北小毬が相談対象から除外されてしまうような、何か深刻な事態が発生しており、さしもの棗鈴も、誰に、どう相談すれば良いのか分からなくなっていたという事なのだろう。しかも佐々美に相談に来たということからして、どうやらリトルバスターズの面子にも隠しておきたいことらしい。
 相部屋暮らしの鈴が、秘密裏に誰かと話す場所といったら、確かに深夜の校舎くらいなものかと、ようやく佐々美もここまでの経緯に合点がいき、ガチガチになっていた緊張を徐々にだがほぐしていく。

「それで何ですの? 話っていうのは」

「…………その、お前なら知っていると思って聞くんだぞ。ありがたく思え」

「なんですか、その不遜な態度は。それが人にモノを聞く態度でして?」

 呆れ返るも、巧くすれば棗鈴の弱みを掴むチャンスということもあり、佐々美はそれ以上の小言を自粛する。変に突付いて強情を張られても面倒なだけだ。
 鈴が口を開くまで、一体どれだけ待っただろう。「その」だの「あの」だの。言いよどむ姿にウンザリしていた佐々美も、泣きそうな顔の鈴が、振り絞って吐き出した言葉を聞いたときには、さすがに耳を疑った。

「……え、エッチな事を教えてくれ」

「はぁ!!!?」

「お前とじゃないぞ! あたしはただ、一人で………その、全然気持ちよくないから悪いんだ! 痛いだけで辛いのに、変なおしっこばかり出てきて……ち、違う! 早とちりするな、あたしはおしっこをしたんじゃないっ。だから、あたしはしたくないのに、こまりちゃんと恭介があんなことしているから勝手に……だ、だから……うぅ〜っ!!」

 慌てて手を振って佐々美の誤解を解こうとするが、巧く説明が出来ず、しまいに鈴は頭を抱えてしまう。困惑する佐々美を余所に、挙動不審すぎる様子が次第に変化したかと思うと、鈴は涙を溜めてスカート越しの下腹部に手を添えた。

「気持ち悪いのに……変だ。あたし、何か変だ……ムズムズする……」

「ちょ、ちょっと鈴っ!?」

 駆け寄った佐々美は息を呑む。
 息を荒げて何かをぎゅうっと我慢している鈴の姿は、同姓の佐々美にさえむっとするほどの色香を放っている。屈んだまま哀願するような姿は今にも泣き出しそうでもあり、蠱惑的に誘っているとも解釈できそうなくらい。子供だと馬鹿にしていた鈴の明らかな変容に当てられて、佐々美の胸もいやに大きな鼓動を鳴らしていた。

「おおおおお落ち着きなさい。私はあなたに好かれているなんてこれっぽっちも思ってはいませんから……れ、冷静に……そ、そうよ。深呼吸。まずは深呼吸して落ち着きなさい」

「……お前が落ち着け」

 さしもの鈴のツッコミにも素直に従った佐々美は、ともあれ、根掘り葉掘り―――棗鈴の稚拙な言葉を拾い上げては事情を探ろうと躍起になる。
 こうした努力に佐々美が必死になったのも無理はない。なんでまたそんなことを自分に尋ねたのかを知っておかねば、佐々美としてもさすがに対処に困るというのがひとつ。そしてもうひとつには、同じ女性として、このまま鈴を放っておくことへの危機感が芽生えていたからだ。
 異性の前で同じような行動を鈴がとったら……。
 まさかとは思うものの、明らかにいつもとは様子の違う棗鈴が、ひょんなことで間違いを起こさないとも限らない。
 ともあれ鈴から大まかな事情を聞きだした佐々美は、溜息ひとつ吐き出した。

「覗きの悪癖については、別の機会に言わせてもらいますが……えっち云々は直枝理樹にでも教えてもらいなさいよ。貴方たち付き合ってるんでしょ?」

「イヤだっ。そんな事聞いて、嫌われたら……。変なやつだと思われたら困るだろう!」

「変な奴って。あなたねぇ……」

 エッチなことを教えてくださいとでも言えば、こんな美少女、恋人でなくとも放ってはおくまい。おぼこな鈴に苛立ちを覚え始めた佐々美も、自分を頼りに告白してきたクラスメイトを無下にすることもできず、取り扱いに、とにかく苦慮した。

「なぁ、あたし、変なのか? 理樹に嫌われるのか? どうすればいいんだ? なぁ……ささみぃ……」

 鈴の熱い吐息が頬に触れる。すがっている彼女の上目遣いに、佐々美も不意に顔が熱くなってしまい、動揺を隠せず視線が泳ぐ。
 棗鈴が佐々美に教えて欲しい事柄とは、ようするに、どうやれば快楽を得られるかという一事に尽きる。自慰行為について説明すれば、一応の解決は図れる気もするが、佐々美とて多少の知己はあれど、この手の話題は鈴と似たり寄ったりの含蓄しか持ち合わせていない。まして、他人を気持ちよくする方法なんて知る筈もなく。“そういった事”を手伝うなんてことは、来ヶ谷唯湖ならともかく、素人に毛が生えた程度の佐々美にはどだい無理な相談である。

「え、えっちな事といわれましても……わたくしだって教えれるほど詳しくありませんわよ。むしろあなたの方が、そういった事は良く知っているんじゃありませんこと? 神北さんとあなたのお兄さんがしていた……そのっ……そういう……事? を、まっ……マネすれば、いいだけですし……」

 わけもわからず、混乱する頭で考え付く限りのことを佐々美が吐き出してみると、その言葉を真に受けたのか、鈴はしばらくするとおもむろに立ち上がっていた。
 何をするのかと見守っていると、教室の隅にある床の一角に鈴が爪を掛け、30cm四方の床板を一枚ひっぺがしていた。下は空洞になっているらしく、内部をごそごそと漁っていた鈴は、中から段ボール箱をひとつ取り出している。

「なんです、それは?」

「ここで、恭介が、こまりちゃんにいつも使っているやつだ」

 そこでようやく、恭介と小毬の情事の現場がここであることに気づいて佐々美は周囲を見回した。確かに秘め事を繰り返すには格好の場ではあるが、そのこもった空気を自分が今こうして吸っているのかと思うと、先刻からの鈴とのやり取りも手伝って、佐々美はくらくらとしたものを感じてしまう。
 しかし―――寮の同室の生徒にばれる可能性があると判断した恭介が隠したのであろうが、よりにもよって校舎の空き教室とは。感心とも呆れとも付かない溜息を吐き出し、何が入っているのかと興味本位で恐る恐る近づいた佐々美は、ちょうど開いたダンボールの中身を目にしてぎょっとする。
 暗がりでおおよその形しか判別できないものの、コンドームは元よりバイブ、ローター、ローション、エトセトラエトセトラ。佐々美や鈴には用途不明の錠剤やら器具やらまでもがキッチリと梱包されている。特に男性性器を象った造詣の玩具に目を奪われて、離すことができなくなっていた佐々美は、咽喉を大きく鳴らして、その唾の音にかっと顔が熱くなる。
 やがて、おもむろに鈴が取り上げた物は、浣腸に用いるような卵型の製品だ。意味を理解しているのか「いんらんになる薬だ」と鈴が説明したそれは、内部には薄桃色の粘質物がとろとろと鎮座しており、軽く押すだけで突出した注入口から零れ落ちそう。表面の固い殻を剥がして、薄皮を纏っただけになった鶏の卵みたい。
 どのように使うのか皆目見当のつかない佐々美が鈴の動きを注視していると、鈴はスカート越しに下着に手を掛け、佐々美を気恥ずかしそうに見たのも束の間、するすると下着を丸め床に落としていた。
 衣擦れの音が、いやに大きく木霊する。
 息を吸う事すらできない。凝固する佐々美を知ってか知らずか、しゃがんだ鈴はスカートを持ち上げ、その無機質な先端部をしっとりと濡れた膣へと、おもむろに差し込んでいる。

「……ぅ……あっ………」

 押し殺した吐息が洩れる。
 真っ赤な頭で、佐々美は無意識に口を両手で覆っていた。
 先端が入っただけで、鈴はがくがくと震え、倒れそうになる身体を左手だけで支えている。かなり無理な体勢なのに、そこから根元まで入れようと何度か挿入角度を変え、そのたび、内壁に当たる突起の接触に、鈴の華奢な腰が俄かに跳ね上がった。
 元々、細かい作業が不得手な彼女のこと。すんなりと入れるような角度を想定できず、狙いの角度を試しては悲鳴を上げ、また別の誤った方向に入れてはまごついている。確かにこれでは自慰行為なんて苦痛以外の何物でもないのだろう。
 格闘することしばらく。無理に根元まで咥え込ませて、鈴は滲む脂汗を拭っていた。
 第一工程は終了。あとは恐らく、中身を注入するだけなのだろうが、1分、2分と時間が経てど、鈴は凝固したように動かない。
 息苦しさに耐えかねた佐々美が、わずかに身をよじった直後―――

「……さ……さ……みぃ……」

 それは聞いたこともない懇願だった。
 迷子の子供の表情で「怖くて、押せない…………」棗鈴はくしゃっと顔を歪ませている。
 彼女なりに頑張ってはみたものの、いざ実行に移そうとして……これを使用した時の小毬の姿を思い返してそれ以上進めなくなったのだろう。木によじ登っていた子猫が、気づかぬうちに自力で降りられない場所までするすると上り詰めてしまったようなものだ。
 効能不明の“それ”を入れてしまった鈴は、抜くことも内容物を膣内に吐き出すことも出来ず、腰が引けた中途半端な状態で二進も三進も行かなくなっている。

「………そ、そんなこと……言われ…ましても……」

 どもる佐々美の瞳に怯えが宿る。
 できれば何も見なかったことにして、そのまま逃げ出したいというのが偽らざる本音だ。それでも、目に涙を溜めている鈴の姿を見て、佐々美は静かに観念する。どんなに“けんつん”していても、他人を見捨てるような性格に『笹瀬川佐々美』という人物はできていなかった。
 それに―――

「…………ちょっと……………まって……」

 両目をきつく閉じると、佐々美はしりもちをついていた状態から、ゆっくりと上半身を起こして床に手を付いた。
 腰が抜けて、立つことなんてできなくて。ちょうど四つん這いの赤ん坊のような格好になると、覚束無い足取りで佐々美は鈴のところまで辿り着く。2mにも満たない距離なのに、心音が暴れまわり、常に浅く早い呼吸を繰り返していなければ、すぐにでも気絶してしまいそうだ。
 まるで餌付いた犬の呼吸。それが自分以外にもう一匹。
 佐々美が顔を上げると、惰性で開いた鈴の口元から、溜まった唾液が糸を引いて床に滴り落ちている。飲み込む力もないのか、飽和した唾が顎を伝ってゆっくり、ゆっくりと。時折、間欠的な痙攣が鈴の身体を襲ったかと思うと、哀れっぽい悲鳴が涙と一緒に零れていた。

「ささみ……ささ…みぃ……怖い……こわい……」

 右手で例の恭介の私品を押さえ、左手でどうにか自分の身体を支えているような無理な姿勢。今にも倒れそうな鈴の身体をとにかく支えようと、佐々美は鈴の脇に手を差し込み、背中を抱き上げる。すると酷使から開放された鈴の左手が、甘えん坊のように佐々美にしがみつくと、そのまま弛緩した体を佐々美に預けて、呼吸の合間、安堵のような息を吐き出していた。

「だ、大丈夫でして?」

「ささみ……早……く…………これ……これっ、持って……」

 『これ』とは言うまでもなく、軟式テニスボールの空気入れをそのまま模倣したような形状の恭介の私品である。促されるまま預かったものの、思いの他ゆるい反発力のそれを受け取った拍子―――掴んだ佐々美の指の腹が、ちょっと力を込めただけで、鈴の中に僅かながら内容物を押し上げてしまう。

「……あっ……あっ……!?」

 偶然とはいえ唐突な注入に、後ろに抜け切っていた鈴の腰は不意の強襲に逃れることができない。反動で上半身が傾き佐々美に抱きつくような形になると、肩に鈴の顎が乗り、ちょうど佐々美の耳元に嗜虐心をくすぐる甘い、甘い悲鳴をさえずった。
 ゾクゾクとした鳥肌が立つ。混乱の淵でわけもわからずいた佐々美の脳に去来した“それ”は、脳髄反射的に更なる力を指に込めるという悪循環を生んでいた。じゅぶじゅぶと卑猥な音を立てて吸い込まれていく内容物。自分でも何をしているのか、まるでわかっていない様子の佐々美は、包容しきれず零れ出した温い液体が、鈴の腿をつたい、自分の手といわず床一面を汚していくのを陶然とした面持ちで見つめている。

「……やめ……やぇ……ろ、……ささっ、……ささ……みぃいいぃぃぃぃぃ……っ!! ……ぁ……ああっ……あ……あっ……あっ……〜〜〜〜っ!!!」

 卵型の容器が、収まっていた粘質物を半分以上吐き出した時、鈴の悲鳴が尻すぼみに力を失くした事で、佐々美もようやく自分が何をしでかしたのかを理解する。
 おろおろとする間もなく、抱きついていた鈴の腕が力を失ってずるりと崩れ落ち、完全に脱力した一人ぶんの重みが圧し掛かる。佐々美は耐え切れず、鈴に押し倒されるような形で床に転がっていた。



  * * *



 カーテンの隙間から月明かりが洩れる。
 佐々美は胸に埋めるようにして全身をぐっしょりと濡らした棗鈴の体温と、床の冷たさに挟まれていた。不協和音の佐々美の鼓動に重なるように、鈴の心音が鈍い響きを持って、佐々美の身体に直に伝わってくる。
 先刻の不意の衝動を詫びる事もできず、そして、このままずっと抱き合っていたいような心地よさに、佐々美は指一本動かせない。

 怒っていないだろうか
 嫌われてしまっただろうか

 チクリとした、そんな不安が佐々美の胸に小さな渦を巻く。そのどれもが等しく、まるで好きな人に嫌われたくない一心の少女のようだと思い至り、内心で佐々美がうろたえていると、呼吸がふっと楽になる。鈴の頭が持ち上がったのだ。紗鳴る鈴の音に促されるように、佐々美もまたぎこちなく頭を持ち上げる。

「鈴……?」
 
 眼前の少女は、佐々美が危惧したどんな表情もしていなかった。
 頬に張り付いた髪に引かれるようにして、後ろにまとめていたテールが肩から胸にしっとりと垂れている。いつの間にか襟元のリボンはほどけ、覗いたシャツの隙間からは首筋から鎖骨にかけての白い肌が、珠の汗に浸かって媚びていた。
 気だるげな、その弛んだ瞳が不可思議な光彩を放って、佐々美をねめつけている。荒い呼気。湿気を含んだ熱気が鈴から充満しているような感覚に、佐々美の肌が俄かに粟立った。

「……はっ…………は……っ………」

 飢えた瞳が迫って来る。
 多分、それは猛禽に狙われた小動物の本能だったのだろう。身の危険を感じた佐々美が床を蹴ろうとするも、靴底がぬめる感覚を踏んだと知覚した途端―――再び佐々美は天を仰いでいた。転んだのだと佐々美が理解する間もなく、体勢を崩した佐々美の隙を鈴は逃さず、そのまま佐々美を組み敷いて羽交い絞めにする。

「ちょ、ちょっと鈴!? は、放しなさいっ!!」

 バタつかせる足がむやみやたらに空を切る。
 とにかく鈴を退かそうと闇雲矢鱈に身体を動かしていると、鈴の腿をかすめた佐々美の足が生暖かい粘液と密着した。正体はおおよそ見当がついていたのに、薄闇に目を凝らし、鈴の腿から滴り落ちている多量の愛液を佐々美は視認してしまう。既に鈴の股間の下にはお漏らしのような水溜り。自分が足を取られたのがそれだと気づくも、目前に迫った鈴の陰に、慌てた思考はバッサリと断ち切られていた。
 唐突のキスが、すべてを押し流したから。

「んっ!?……んんん〜〜〜っ!!?」

 両手で佐々美の頬を押さえつけて、佐々美が逃れられないようにしての鈴の急襲である。突き放そうとしても、なお強く求めてくる鈴の鼻息は荒くて、佐々美は完全にパニックに陥った。
 とにかく今の鈴は普通じゃない。ニーソックスにこすり付けてくる女陰の異様な熱さに慄くこと暫く、拘束を解いた鈴の手が佐々美の下着に手を掛ける段になって、唇を吸い続ける鈴の顔を押しのけ、さすがの佐々美も力任せの平手を打った。

「……んぁ………ぅ……?」

 打たれた箇所に手を当て、何をされたのかサッパリな様子の鈴に、佐々美はとにかく自身の着衣の乱れを直して、掻き抱くように身体を強張らせる。

「なんですの……何なのですの、いったい全体っ!?」

 腹の底からの悲鳴は、鈴に正気に戻って欲しいという願いと、精一杯の存在のアピールだ。当直の教諭でもいい。生徒でもいい。校舎に誰かいるのなら、この悪夢から自分を救い出して欲しいというSOS信号。
 深夜の校内徘徊。不純“同性”交遊。取り沙汰される問題は多々あろうが、発見された後のことなど佐々美にはどうでも良かった。こんな日常から切り離された異界で未知の感情に振り回されるよりは、現実でのやりくりに身を削る方がよっぽどマシだ。

「さぁみは……きもちぃいこと、したくないのあ?」

 呂律の回っていない鈴は、火照った瞳をとろんと燻らせ不思議そうに呟いた。

「…………?」

「きょーすけがこまぃちゃんに言っれら。きょーすけがこまりちゃんをイジめるのは好きだぁらだって。気持ち良い事をして、エッチな声を聞きたいかぁらって。さっき、さぁみがあたしのことをイジめらのも、ささみがあたしのことを好きだからだろう? エッチな事をしたかったかぁだろう?」

 何を言われているのか理解できないでいた佐々美も、鈴が恭介と小毬の『行為』を、自分と鈴の関係に当てはめて曲解しているのだと気づいて二の句が告げられなくなる。
 これが先ほどの薬の影響なのだろうか。純真無垢。天真爛漫。四字熟語で表すのならまさにそれだろう。だが、強姦が恋文を手渡すような強烈な違和感を本人は矛盾なく抱え、1+1の答えが2であるのと同じように、それを主張していることに佐々美は目眩を覚えてしまう。

「さぁみ?」

「そういう……そういうのは好きな殿方とするものですわ! わ、わたくしは女で、同性で、貴女とそのようなこと―――!!」

 怖かった。
 それを普通に主張してしまう鈴がではない。
 それを諾と受け入れそうになった自分自身が、だ。
 鈴との付き合いは佐々美にとって悪友としてのそれか、手のかかるダメな同級生へのフォロー役としてあるのだとばかり思っていたのに。
 それが間違いだと気づかされたのは、修学旅行の事故に鈴が巻き込まれたとき。
 事故の第一報にさざめく生徒達の波に揉まれ、悲鳴を上げるよりも先に卒倒することを選んだ佐々美の精神は、自分がどれだけ棗鈴という生徒に首ったけであるかを、時ならず証明してしまったようなものだ。「自分が居なければこの子はダメだから」、「常識の欠如した手のかかる子だからこそ、しっかりわたくしがサポートしなければ」―――そんな言葉で誤魔化して、実は自分の方こそが棗鈴にベッタリと依存していたことを悟ってしまう。
 鈴の無事が判明して、誰よりも先に駆けつけながら……。悪態のひとつ吐いて、取り澄ます佐々美はその実、誰よりも強く棗鈴を抱きしめて、その存在を二度と手放したくないとさえ胸を高鳴らせていたのに。それを抑えてしまったのは、自分の感情が明らかに“変”だと自覚していたからだ。
 婦女子ならば殿方に。殿方は婦女子に。その向けるべき当然のベクトルが、佐々美だけくるりと反転して、同じ性に恋心を抱いている。自分の抱えるそんな想いが、彼女に片鱗の一部でも伝播してしまうのではないのかと恐ろしくて、そのときから佐々美は、鈴に触れることができなくなっていた。
 笹瀬川佐々美は、棗鈴にだけは嫌われたくなかった。
 どういった感情を内包して鈴と接しているのかが露見した時、「気持ち悪い」と、「近寄らないで」と、拒絶されてしまうことを佐々美は絶対に耐えられない。
 今日だって、ずっと我慢していた。望むべくもない妄想を期待しては打ち消して、笹瀬川佐々美としての分別の範疇を超えるような失態だけはすまいと自身を律してきた。きたつもりだった……。
 なのに。それなのに。

「女の子同士は好きになっちゃダメなのか?」

 そんな戯れを鈴は口にする。

「知らないわよっ、そんなの!!!」

 涙を滲ませて佐々美は顔を覆った。
 自身の妄想が取り憑いたかのような鈴の甘言に、佐々美の顔に相反する表情が浮かんでは消えていく。
 常識の規範を善しとする佐々美だからこそ、その捩じれた恋心の根は深かった。是とする道徳観が原理的であるからこそ、自分の鈴への想いは許さざるものであり、在ってはならないものという葛藤に常に苛まれ、そして苦しむ。逸脱する行為を許さない固定観念は、だから佐々美を決して柔軟な自由人にすることはなかった。
 昔から、そんな自分が佐々美は大嫌いだった。
 言葉の裏を疑い、言い訳の論理を走らせ、差し出されたプレゼントを前にしても、つんけんに払い捨ててしまうような不器用な自分。褒められてもにこりとも微笑まず、大した事じゃないわよと吐き捨ててしまう自分。相手に優しくしたいのに、ついかっとなって思ってもいない悪口を吐いてしまう自分―――。
 大人になれない自分がキライだった。
 醜い自分がキライだった。
 尊大な自分が大キライだった。
 こんな自分なんて、たとえ鈴が同性愛者に理解があったとしても、好かれる要素なんて欠片もないではないか。お願いだから、そうやって過度な期待をさせないで。苛めないで。苦しめないでと胸中で泣き荒ぶ佐々美を、鈴が継いだ言葉が木っ端に破砕した。

「あたしはさぁみのこと、好きだぞ」

 それが唐突で。だからこそ狼狽えてしまった佐々美は、その柔らかく未成熟な肢体を、『捕食者』の前に無防備に曝すという愚をおかしてしまったことに気づかない。
 昂揚とした鈴の性欲がそれを黙って見過ごす筈もなく。形よく収まった乳房の間に顔を沈めると、鈴はそのまま佐々美の肉に遮二無二むしゃぶりついた。

「いや……いやぁ……」

 気づいたときにはもう、佐々美に先刻のような拒絶する力は残されていなかった。
 否定する何もかもを鈴に奪われ、身も心も晒された佐々美の裸は、子供にいいように玩ばれる玩具のようなものだ。いくら拒もうとしても、ゆるく鈴の肩を突き離そうとする佐々美の手は、まるで蹂躪して下さいと我が身を男に献上している女のそれだ。
 程好く陽に焼けた健康的な肌。羞恥で湯気を上げる食べごろのそれに鈴はキスをして、肩、首筋、頬へと舌を這わせ、零れ落ちそうになっていた佐々美の涙を舐め取った。それを嫌がるように目をきつく閉じている佐々美の表情は、鈴の嗜虐心を甚く刺激する。咽喉元で押し留めている嬌声が、いったいどれほどの所作で吐き出されるのだろうと、好奇心にも似た高揚感に駆られ、佐々美の乳房、恥丘、思いつく限りの部位を鈴は不器用に撫ですさんでいく。

「……………ぅ…………っ……。…………………………!」

 それからしばらく、快楽の濁流に流されまいと、唇を噛んで耐え忍んでいる佐々美に責めあぐねていた鈴は、ふと先ほど挿入した恭介の私品に目を留めた。容器に半分以上残ったローションは、自身と鈴の愛液に浸かって卵の底で途方に暮れているようで、何気なく手にしたそれを掌で転がして……それから佐々美の下腹部を交互に見比べる。
 お世辞にも巧いとはいえない鈴の攻勢が不意に止んだことで、くたくたになった佐々美はうっすらと目を開けた。理性の箍が外れた鈴がどうして急に手を止めたのか。それが不思議で、そして物足りなくて。怖いもの視たさの熱を帯びた瞳は、やがて鈴が手にしている“それ”を視野に納めてしまう。
 鈴と視線が合った。
 それだけで、これから彼女が何をしようとしているのかが、佐々美は十全に飲み込めた。
 鈴に毟られた服を直す余力なんて佐々美にはありはしない。捲れたスカートをどうにか戻す程度の恥じらいの欠片は残されていたが、目聡い鈴はそれを阻止した上で、生え始めたばかりの佐々美の恥丘の草を優しく毛繕っていた。

「さぁみは、あたしのこと……すき?」

 質問は、これからやろうとすることへの事前承認を得るためのものでは決してない。
 佐々美が「嫌い」と言おうが、「好き」と言おうが、今の鈴にはどちらでも良い事なのだろう。佐々美の心を嬲ること。それで露わになる反応を愛でることこそが、無意識に鈴が行おうとしている愉悦だった。

「……やめ、やめっ……。お願いっ……から、いじめない……でぇ…………」

 子猫みたいにかすれた哀願が漏れる。
 鈴はそれを片手間で聞きながら、佐々美の露出した陰毛を、まるで猫の毛繕いのように時に優しく、時に爪を立てて梳っていく。慣れた手つきに、佐々美の腰が何度も床を離れて、滴り落ちている鈴のものとも佐々美のものとも知れない愛液と絡んで卑猥な音を響かせる。
 恥ずかしさで身悶えする佐々美の耳元に、童心に返ったような顔で鈴は囁いた。

「こまぃちゃんもね、きょーすけにいっつもそういってたんらよ? れもね、イジめないとすっごく困っら顔をすぅの。さぁみもそうなんらろ?」

「ち、違っひぅ!?」

 否定する暇もなく、膣に挿入された固い異物感に佐々美の身体が大きく仰け反った。
 打ち震える上半身とは裏腹に、外部からの痛みを拡散しようとしてか、鈴に広げられた下半身は弛緩したまま、件の容器を呑み込んでいく。

「うぁ………っ……。……ぅ……あっ………やぁ……いやぁっ……」

「なんらか面白いな。さぁみのここがぴくぴくって動いてるのが分ぁるぞ?」

「だ、だめだめ!? ……あぅ!……う、動かさなぃで下さい……ま、し……! 痛いっ、痛いの!」

 鈴の気紛れひとつで、佐々美の内襞を挿入口の先端が突き上げてくる。それに追従する形で未知の快感が走り抜ける都度、佐々美は意識を手放さないよう、内腿をきつく握りしめた。
 自分で足を開くような格好になりながら、不器用な上に手元の怪しい鈴を誘導して、どうにか息を吐けるようになった頃、佐々美は玉の汗を全身に浮かばせていた。
 苦労して落ち着いた小休止の割に、安堵する状況にはほど遠い。授乳するために赤ん坊を寝かしつけ、上から哺乳瓶を傾ける形で、いまだ半透明の容器は佐々美の花弁に包まれたままだ。粘度の高いローションは、佐々美の目の前で少しずつ出口である挿入口に傾いていく。溺れかかった息も絶え絶えの状態で、こんなモノまで入れられたら……自分が自分でなくなりそうで、佐々美はすがるような視線を鈴に向けていた。

「ねぇ、鈴。おねがい。お願いだから……これを抜いてちょうだい。痛いの……。怖いの……。だから……だから、ね? 許して? 何でもするから。他の事ならなんでもしますから……」

 意識はいつ飛んでもおかしくない。喘ぎを洩らし、息を整え、張り詰めた快楽の糸を少しずつ、少しずつ緩めようとするその顔は、快楽と理性の狭間で、どうにか天秤を理性側に傾けようという地道な作業に必死である。それはグラム―――いや、ミリ単位の負荷で直ぐでもひっくり返ってしまいそうな、脆いバランスの上に成り立った散り際の桜の花びらだ。
 汗で頬に髪をベッタリと張り付けた薄化粧。その儚さと、薄倖の美しさがとても脆く、いつ崩れてもおかしくない刹那のバランスの上に成り立っている事を無意識に鈴は知っていた。だからこそ痴態を晒す佐々美が、ようやくきつい勾配を上り終えて一服の休息を挟もうと、ふっと気を緩めた瞬間、

「らぁ〜めっ」

 桜の枝を鈴は無邪気に手折っていた。

「―――はぁぅっ!!?」

 子供が蟻を潰すように、ぎゅうっと押し潰された容器が、佐々美の丘を内側から逼迫する。腹の底に注ぎ込まれる未知の感覚に、開いた口から漏れていた悲鳴は、叫び続けたい本能とは裏腹に急速に萎んでいく。
 佐々美は知っていたのだ。声帯の震えが、萎む内器官の変動が、その僅かな身体の弛みに連結する愚行が、鈴に押し込まれた粘液を自ずから漏らしてしまう結果に繋がる事を。トイレならまだしも、教室の一室で小水を―――たとえ尿でないにしろ、佐々美の羞恥心はそれを恥として頑なに拒んだのだ。

「行……かせ………トイレ。……願……。だ……めっ……漏れ……ぅ………!」

 激しい尿意に朦朧とする自制心を律しながら、訴え出たそんな言葉を、けれど鈴は気にも掛けない。固く口を閉ざした蛤に挟まれてしまった挿入口を、佐々美が鈴の腕を掴んで阻むのを意に介したふうもなく、無理に引き抜こうとする。

「……め……ぇ……! ………て……めて……やめっ……!!! ……だ……め、だめだめっ―――あっ……ぅあ…! んううぅうぅぅぅ!」

 栓をしなければ蛇口から水が漏れるのは当然のこと。先端が糸を引いて膣口から顔を出したのを境に、尿意をこらえていた力の均衡が崩れて、我慢したのも一瞬―――腰砕けになるような開放感が佐々美の芯を突き抜けて、それから一気に流れ出した。

「いや、いや、いやぁ……っ!」

 両腿をきつく閉じ、両手で流れを止めようとしても、一度始まってしまった奔流は羞恥や理性、世間体といったダムの壁を越えて、抗えない排泄行為を佐々美に強要する。
 けれど、他人の目の前で排泄するという行為の生理的嫌悪感を抜け、紛れもない想い人に視られながら排泄するという行為に、倒錯した苦悦がふいに混じり合う。
 羞恥で消え入りそうなくらい顔を赤くして。もう死んでしまいたいと泣きながら。それでも視られている事に、排泄したことに、抗えない何かが脳裏を過ぎった事を佐々美は懸命になって否定する。
 自分も意図せずとはいえ、鈴に同様の事をしたのは佐々美もわかっていた。申し訳ないとも思っていた。だからきっとそれなのだ。贖罪を果たしたことへの達成感のようなものが、ごちゃごちゃになった感情と、特殊な環境下の影響で少し変になっただけなのだと無理にこじつければこじつけるほど、佐々美は自分という人間が信じられなくなる。
 根底にある浅ましさがどうしても消えないのだ。
 次に自分は鈴に何をされるのだろうという背徳的ともいえるゾクゾクとした期待感が、この快楽に身を委ねてみたいという膿んだ染みが、何度漂白しても身体から抜け落ちずにこびり付いて離れない。

「きもちよかっらろ?」

「き、きもちよくなんて……!」

 こちらの思考を見透かしたような鈴の言葉に、佐々美は精一杯の強がりを固持していたが、

「じゃぁ、なんれさぁみはそんな顔をしているんら?」

「―――――え?」

「さぁみ、いますごくえっちな顔してぅ」

 指摘された意味がわからず、佐々美は顔を上げて鈴を見た。
 鈴の瞳に映っていたのは、愉悦に惚けた自身の目尻。熱い吐息を吐き続けている半ば開いた口の端は、平素の締まった凛々しさの欠片もなく、次の餌を貰いたくてしょうがないと言いたげに従順に尻尾を振っていた。

 うそ、うそうそ……

 違う。こんなのは自分じゃないと、佐々美はゆるく首を振る。なのに瞳に映し出された少女の顔は、まるで逆のことをおねだりしているよう。
 鈴と同じだ。処女性に娼婦染みた面影を宿し、矛盾した何もかもを肉体に収めた自分ではない『なにか』―――。
 明らかに恭介の薬のせいなのだろう。鈴に手ずから入れられたそれは、佐々美の下腹部で疼きにも似た火を燈してじわじわと体を蝕んでいる。腰から先の感覚は既にチョコレートのように溶けて、鈴の愛を受け入れる身支度を整えきった肉欲の塊と化していた。

「いや、こないで……!」

 それは近づいてくる鈴と、ひたひたと足音を忍ばせて全身を侵そうとする薬へ向けた、佐々美のささやかな反抗の意思。
 けれどもう、佐々美にはわかっていたことがある。
 未だ蓮華から吐き出されている粘液が、薬ではなく、いつしか自分の愛液にすりかわっていた事に。
 赤く熟んだ空割(そらわれ)が、鈴の魔手から逃れようと後退すると、自身の襞と擦れ合い、抗いがたい苦悦を佐々美に刻む。その度、動きをぎこちなく拘束されてもなお、腰をへたらせたまま、とろとろと蜜を床に擦り付け逃げるさまはカタツムリのそれだろう。
 どこへ逃げても逃げ場はなくて、時間が経てば鈴のように快楽に悦ぶようになる事を解って尚、逃げ続けたのは、せめて最期のその時まで笹瀬川佐々美らしくあろうという意固地なまでのプライドがあったからだ。こんな薬で容易に想い人と成就してしまう理不尽さが、屈してしまう不甲斐なさが佐々美には許せなかったのだ。
 手探りで後退していた指先が、とうとう退路を塞ぐ壁とぶつかった。教室の隅に追いやられたことを悟ったそのとき、反抗や諦念より「もう逃げなくて良いのだ」という安堵が生じたことを佐々美は否定しない。全身をぐっしょりと濡らした佐々美の芯は茹るような熱で満たされ、思考や思想、理性に理念、行動や感情、五感といったもの総てが、悦楽の下で奴隷のように縛られ、くまなく隷属されていたからだ。
 だから鈴に捕まった時にあげた声は、悲鳴ではなく嬌声だった。鈴の手の触れた肩が、頬が、唇が―――瞬く間に全身に愛を伝え、歓喜の産声を上げて脳髄が焼き切れるほどの火花を散らす。
 触れ合っただけなのに、あまりの気持ち良さにガクガクとした痙攣が止まらない。鈴の腕にしがみついてどうにか自失することだけは踏みとどまった佐々美は、これから自分が堕ちようとしている闇の深さに戦慄くとともに、知らず恍惚とした微笑を鈴に向けていた。

「……さぁみ」

 鼓膜に響く振動にうっとりと揺られながら、佐々美は次の言葉を待った。
 多分それは、ずうっと待っていた言葉。
 何よりも欲しかった言葉。
 こんな壊れた世界の中に居ても、きっと自分は、それさえあれば鈴と一緒にどこまで堕ちていける。そんな予感に打ち震えながら、もうなにもかも投げ出してしまった佐々美は、次に囁いた鈴の愛の言葉を抱えて、鈴の体に身を委ね―――
 
 静かに、愛欲の沼に溺れていった。













 あとがき

 もう18禁は書くまい。
 そう心に誓うかみかみであった。完っ!



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