「ちょっと」
「はい?」
呼び止められて振り向いた彼は、一瞬不思議そうな顔をしていた。
「二木さん。どうしたの?」
「どうしたの?じゃないわ。傘のことよ」
彼――直枝理樹は言われて初めてその事を思い出したかのようにあぁ、と頷いた。
「夕飯が終わったら寮の入り口に来て。傘を返すから」
「え、あ、うん」
「用件はそれだけよ。邪魔したわね」
言うだけ言って踵を返す。
何せ今居る場所は夕食時の食堂。
そんな中で、私と直枝理樹は料理の乗ったお盆を持ったまま会話をしていたのだ。
食堂内は当然寮生でごった返しているし、空き席を見つけるのも一苦労になる。
直枝理樹はいつものメンバーと食べるだろうが、私はまだ空席を見つけていないので、必要以上の時間を消費するわけには行かなかった。
「あ、二木さん」
「何かしら?」
私は早く空席を見つけたいのだけど、と言外に滲ませる。
残念ながら私は普段から一緒に食事を食べる友人というものは特に居ない。
ルームメイトであるクドリャフカや葉留佳、風紀委員たちと食べる事もあるが、毎日というわけではない。
「もう席は見つけてるの?」
「……まだよ」
「だったら、僕らのところにこない?葉留佳さんもいると思うし」
「え?」
一瞬、耳を疑った。
何故、彼は私を誘っているのだろうか。
「私が、貴方たちと?」
「うん。あ、勿論誰かと一緒に食べる予定だったりしたら別にいいんだけど、ほら、空席探すのも大変かなと思って」
彼の言葉には一切の邪気が無い、ように感じる。
本当に、純粋にそう思ったから口に出したのだろう。
「……悪いけど、人と約束しているから」
直枝理樹の反応を待たずに踵を返す。
彼も、それ以上何かを言ってくる事は無かった。
「……ふぅ」
ようやく空席を見つけてそこに座る。
人と約束があるなんて真っ赤な嘘だった。
だが、誰とも約束が無いからといって、いきなり同級生の男子と食事を一緒にするというのは頂けない。
兄弟や恋人同士だというならまだしも、彼とは特に親しいわけでもない。
どちらかといえば、騒ぎを起こす側とそれを治める側という敵対関係に近い。
「…………」
けれど。
ならば何故、私はあの時普通に傘を受け取ったのだろうか。
そして、何故今はあっさりと誘いを断ったのだろうか。
僅か数時間の内で矛盾した行動をしているように感じる。
「……なんなの、この感じ……」
胸の奥に、よく解らないモヤモヤが渦巻いている。
その日の夕食は、酷く味気なかった。
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