その声が聞こえたのは本当に偶然でした。 お昼ごはんを食べ終わった後に、ストレルカ達を探していた時に、たまたま聞こえてきたのです。 「え、えぇー!?」 「……が…きい……わ!だ……に……たら」 聞こえてきた声は間違いなくリキのものでした。 誰かと話をしているような感じですが、もう一人の方は誰なのかよく解りません。 けどこれはらっきーなのです。リキならストレルカ達が何処にいるか知っているかもしれません。 そう考えた私はリキの声がする方に向かっていきました。 「と……なんですのその……まさかわたく……のが嫌……」 「いやいやいや、そうじゃなくて!」 距離が近くなってきたせいか、今度は相手の方の声もさっきよりははっきりと聞こえました。 この特徴的な声はきっと笹瀬川さんなのです。 でも、リキとさしゃちぇ……さささささーさんが一緒に居るなんて珍しいことのような気がします。 「では一体何が問題だというのです!」 「いやだから突然でびっくりしただけですから……」 あともう少し。 多分すぐ目の前をらいとたーんすればお二人がいるはずなのですっ! でも、なんだか言い争いをしているように聞こえます。 ちょっと様子を見たほうがいいかもです。 校舎のはじっこにぴったりと寄り添って、ちらっと角の向こう側をのぞいてみます。 なんだかニンジャさんになったみたいでちょっとワクワクですっ。 「ていうか、本当にリトルバスターズに入るの? ソフト部とかそういう問題もあるけど」 「その事なら問題ありませんわ。 基本的には部活の合間というスタンスのつもりですし」 「鈴とも顔合わせ続けることになるよ?」 「今更関わりが増えたところで気にしませんわ。 それに、あの子はあの子でいいところがあると言うのも解っていますから」 「ん……まぁ笹瀬川さんがいいならいいけど」 わふ? さささーさんもりとるばすたーずに入るのですか? それはなんだかとっても楽しいことになりそうなのですっ! さささーさんはそふと部のえーすさんですからきっと鈴さんとらいばるになるにちがいないのです! 「……その呼び方、どうにかなりませんの?」 「へ?」 私は洩れ聞こえてきたお2人の会話に心弾ませていました。 新しいお仲間が増えるのはとても嬉しかったからです。 ですが。 「よ、び、か、た、ですわ! いつまでも苗字だなんて、ちょっとよそよそしいんじゃありませんこと?」 「え、あ、でも」 「仮にも、その、私の恋人であるならば……な、名前で呼ぶぐらいしてはどうですの?」 「…………え?」 現実というものは容赦なく私に襲い掛かってきました。 ◇ ◇ ◇ 気がつくとそこは寮の自分の部屋でした。 私はどうやって部屋まで戻ってきたのかを覚えていません。 服のあちらこちらに汚れや葉っぱがついていたので、ひょっとしたら何度か転んでしまったのかもしれません。 「……あとでおせんたくするのです」 言葉にしてもそんな気はまるでおきませんでした。 いえ、むしろ何もする気が起きませんでした。 考えていたのは、さきほどの笹瀬川さんとリキの会話です。 リキに、たった1人だけのたいせつな人ができる――そんな時が実際にくるなんて、考えたことはありませんでした。 ……いえ、少しだけ違います。 きてほしくなかったから、考えないようにしていたのかもしれません。 楽しかったのです。 リキと、なんでもない会話をすることが。 リキと、一緒にヴェルカやストレルカのお散歩をすることが。 リキと、他の皆さんと一緒にすごすなんでもない時間が。 だから思い込んでしまっていたのです。 この夢のような時間は、いつまでも続くのだと。 ――それは、決して叶わない夢だったのに。 「わふ……ぅ」 おかしいのです。 目はちゃんと開いているはずなのに、目の前の景色がほとんど見えません。 まるでぴんぼけしたカメラのように視界がゆらゆらとゆれています。 「クドリャフカ、いるの?」 「っ!?」 突然聞こえてきた声に思わず身をすくめてしまいました。 この声は……佳奈多さん、でしょうか。 「お、おがえりなざいでず」 佳奈多さんに心配をかけるわけにはいきません。 だから私は、精一杯強がって笑顔で応対しました。 「午後から授業に出てないって聞いたから……って」 「ど、どウシたのでスか」 「あなた……泣いてるの?」 「え……」 私……泣いてるんですか? そう聞き返そうとした途端、すーっと一筋の涙が頬を流れていきました。 え、だって、私は佳奈多さんに心配をかけたくないから、ちゃんと強がって……。 あれ? なんでしょう、なにかおかしいです。 自分の中で、何かが決定的に違うと叫んでいます。 でも、それがなんなのかわかりません。 だって、私は、リキのことが大好きで、笹瀬川さんのことも好きで、佳奈多さんのことも大好きで、皆さんのことが大好きで。 でも、リキは笹瀬川さんと、だから、私は、佳奈多さんに、え、あれ? うまく頭が回らないのです。 「あ……あ……」 言葉もうまく喋れません。 佳奈多さんに言いたい事があるはずなのに。 言わなきゃいけないことがあるはずなのに。 私の口からはただ壊れたテープのようにひらがなが洩れ出るだけでした。 「クドリャフカ」 ふわっ、と。 優しい匂いに包まれた気がしました。 目の前が真っ暗で何も見えません。 けど、不思議と怖いとは思いませんでした。 それどころか、安心感に包まれてすらいました。 「何があったのかは解らないけれど、辛い事を溜め込むのはよくないわ」 「そんな…私は…」 「クドリャフカ」 まるで窘めるような佳奈多さんの声に、私は何も返せなくなりました。 「ここには誰も居ないから、何かあっても誰にも聞こえないわ」 「だれ……にも……」 「そうよ。だから……辛い時には、泣きなさい」 その一言が引き金でした。 「うっ……う、うあっ、あああああああああああぁぁぁぁ!!!!!」 ダムが一度壊れると簡単には止まらなくなるように、私の涙も止まりませんでした。 「辛かったのね……クドリャフカ」 佳奈多さんの手が私を優しく撫でてくれました。 それが嬉しくて、私はまた泣いてしまいました。 「……そう、そんなことがあったの」 しばらくしてようやく落ち着けた私は、佳奈多さんと一緒にベッドに座りなおしました。 そこでぽつり、ぽつりとお昼の出来事を話したのです。 上手に話せたかは解りませんが、佳奈多さんにはそれなりに伝わったと思います。 「私が弱虫だったのです……いつか終わるかもしれなかったのに、終わりなんてないんだと思い込んでしまっていたのです」 よく考えてみればそれはあたりまえのことでした。 いつまでも同じ状態が続くなんてことはないんだって、私はあの世界で学んだはずなのです。 「そうやって自分を見つめ直せるのなら、弱虫なんかじゃないわ。 少なくとも私よりよっぽど……ね」 「そんな……! 佳奈多さんはとってもお強いのです!」 「私は強くなんて無い。 ただ臆病だっただけよ」 窓の外を見ながら話す佳奈多さんは、とても寂しそうでした。 「日常を変えたいと願いながら、変えることを恐れ、変わってしまうことに臆病だっただけの……ただの、弱虫」 「佳奈多さん……」 「……ねぇクドリャフカ。 私がこんなことをお願いするのも変なのだけど、聞いてくれる?」 「わふ?」 「私は、クドリャフカが笑っている顔が好きよ。 出来れば毎日見ていたいと思ってる」 「ふえっ!?」 と、ととと突然何を言い出すのですかっ!? 「今日はとても辛いことがあったのだから、無理に笑えなんていわない。 でも、近いうちにまた見せてくれると嬉しいわ」 「佳奈多さん……」 その優しさが溢れた言葉に、私はまた泣きそうになってしまいました。 でも、今度は泣くわけにいかないのです。 だって、佳奈多さんが望んでいるのは私の笑顔なのですから。 「はい……約束なのです」 まだ上手く笑える自信はありませんでしたけれど、私は精一杯の笑顔で佳奈多さんに答えました。 ◇ ◇ ◇ 「みんなー、しゅうごう〜」 数日後。 グランドで久しぶりに野球の練習をしていた私たちは、小毬さんの呼びかけを聞いて集まりました。 そこに居たのは、リキと笹瀬川さんです。 「新入部員さんなのです」 「な、なにい……?」 小毬さんが笹瀬川さんを紹介すると、鈴さんがさかりのついたネコさんのように過剰に反応していました。 そういえば、先日リキとさしゃ……さささーさんはそういったことを話していたように思います。 恭介さんがリキを褒めていたり、来ヶ谷さんと西園さんが鈴さんを慰めていたりするなか、笹瀬川さんは終始嬉しそうでした。 小毬さんもリキも、すごくいい顔で笑っています。 笑顔のリキを見ていると、まだ胸がチクリと痛みましたが、リトルバスターズのメンバーが増えることはとても喜ばしいことです。 だから、私は笑顔で笹瀬川さんを歓迎しました。 「私は大歓迎ですよ〜」 佳奈多さん、ありがとうございます。 今私が笑えているのは、貴女のお陰なのです。 だから、もし。 佳奈多さんが数日前の私のように落ち込んだときには、傍に居させてくださいね。
≪あとがき≫ クドフェス2投稿作です。 ただ他の人が自分が書いた作品だと知らなかったらどのように評価するかを知りたくてわざと違うHNで出しました。 誰一人として気付かなかったのでとても満足です(ぉ拍手ボタンです。何か思うところありましたらポチっとどうぞ。 もどる