―――なんで? 父親の隣で爽やかな愛想笑いを浮かべながら、彼――向坂雄二は心の中で問答を繰り返していた。 家に帰ったら厚ぼったい制服を脱いで楽な格好になり、大好きなアーティストである緒方理奈の曲を聞きながら珍しく早い時間帯で就寝する……そ れが今日の行動予定だったはずである。 何せ修学旅行という長旅から帰った身だ。今日一日くらいはそんな楽をしても罰は当たるまい。 ……そう思っていたのだが。 「お父様から特連が入ったの」 校門を抜け、坂を下り、河川敷の桜並木までやってきたところで、目の前の女性――向坂環は唐突にそう切り出してきた。 『お父様』と『特連』の2つの単語に、雄二はビクリと体をすくめる。 父、向坂源治は古くからの歴史と誇る向坂家の現当主である。 その向坂家の影響力というものは特に此処一帯に於いてはすさまじいものがあり、日本有数の財閥であり同地区に本拠地を構える来栖川家です ら向坂家を軽んじる事は不可能だという。 そのような力を持つ父ではあったが、家族に対してはまた惜しみない愛情を注ぐ人情家でもあった。 10年ほど前に向坂家事実上のトップであった祖母が、長女である環のやんちゃを見かねて九条院へ送り込もうとした時も父は反対してくれていた。 流石に祖母の決定を覆す、とまではいかなかったが、それでも環本人が成長してからの進路選択の自由は確約させたし、同時に環が居なくなる分 の負担を雄二に強制させるような事もさせなかった。 そういう意味では非常に良く出来た父親だと雄二は思う。 しかし。 幾ら父本人がそう考えてもやはり対外的な問題や事情というものは発生してくるものであり、中には一部どうしても雄二も向坂の嫡男として関わらざ るを得ない状況があった。 そういった公的な事情で子供達が関わらなければいけない事態が発生した時、父は『特連』という言葉を使う。 雄二も現在はそんな大人の世界の事情を把握しているが、何せ普段は一般高校生となんら変わる事の無い(というかどちらかというとダラけ気味 の生活なのだが)を送っているだけに、そのような場に出なければならない事は少々重荷に感じてしまうのを否めなかった。 「はぁ……で、今回はどんな内容なんだ?」 「今夜来栖川財閥主催のパーティがあるのは知ってるわね?」 「あ〜、アレな。でも確か俺らは関係なかったはずじゃないのか?」 「それがそうもいかなくなったのよ」 環は珍しく困った、というようにため息を吐く。 雄二はいつも自信たっぷりの姉がこういった表情を見せることは、ある一つの要因を除けば珍しいことだと知っている。 だからこそ、今回の事態がそれだけの面倒ごとであるのだろうと予想がついた。 「長瀬のおじ様が妙な事を言い出してきちゃってね……お父様はあまり賛成している様子ではなかったのらしいんだけど」 流石に2対1じゃ分が悪かったらしくて、とつけたしてから環は事の起こりを話し始めた。 ……。 ………。 …………。 「……つまり何か?要約すると来栖川・長瀬・向坂の子供らを一同に会させて体のいいお見合いをやろうってことか?!」 「そういうこと」 「なんでまたそんな事やらなくちゃいけないんだよ……」 話を聞き終えた雄二はそれこそ外聞も気にせずガックリと項垂れた。 環が父親から聞いた話の全容はこうである。 つい2日程前に父、源治は長瀬源四郎から連絡を受けた。内容は当然、2日後のパーティに関してである。 その折、源四郎は一つの話を源治に持ち掛けた。 それが、来栖川・長瀬・向坂の子供たちをしがらみがつく前に一度合わせて互いの理解を深めさせようというものである。 三家共に共通するのは現状未だ跡継ぎをどうするか決めていない、ということ。 向坂家は元より子供たちにその辺りを強制させることはしていなかったし、長瀬家は親と子の間で意見が対立気味。来栖川家に至っては姉妹揃 て何の変哲もない大学生に密かに想いを寄せている状態である。 そのような現状であったればこそ、今回のような試みをする事で子供達の心境に何かしらの変化が起こってくれればよいと源四郎は考えた。 更に欲を言えば、来栖川にこそ存在していないが向坂と長瀬にはそれぞれ1人ずつ嫡男も居る。 このまま将来に対してやきもきするくらいならある程度身の知れた間柄同士でくっついてくれれば、ということらしい。 「仕方ないでしょう、お父様の面子を潰すわけにもいかないし……遅かれ早かれ来栖川と長瀬の面々とは協力しあわないとならなくなるんだから」 「あー……まぁそうなんだけどさ……苦手なんだよなぁあっちの連中」 ごちりながら雄二は記憶の中にある来栖川家と長瀬家の面々を思い浮かべる。 オカルト好きの来栖川の長女に格闘命の次女、1人年が離れているが故にいつまでも人をガキ扱いする長瀬の長男に、何故か常に雄二を避け てしまう引っ込み思案が板についてしまっている長女。 4人共見事なまでに雄二とは歯車が合わなかった。 特に来栖川の長女―――芹香とは全くといっていいほど性格が噛み合わないので、会うたびにどうしても身構えてしまう。 尤も、環とてその4人と特に馬が合うというわけでもない。強いて言うなら長瀬の2人よりは来栖川姉妹の方と仲が良いかな、というぐらいだ。 「とにかくもう決まったことなんだから観念なさい。とりあえず今回ので実際に相手決めたりするわけじゃないんだから」 「というか、実際あの面子の中から選ぶことになっても正直誰も選びたくねぇよ……」 「あなたはまだいいでしょう……私なんか……って、そういえば」 ふと環が声のトーンを変える。 「雄二」 「んあ?」 「さっきタカ坊と一緒に居たの……誰?」 ぶるるっ!! つい数時間前の姉の豹変振りを思い出し、雄二は小さく身震いした。 姉は普段は自分に対して乱暴なところもあるが、こと友人である河野貴明が絡むとそれは通常の数倍に及ぶ。 特にここ最近は貴明に彼女(というかそれに限りなく近い存在)が出来たせいで普段から爆弾に近い状態になっている事が多く、少しでも隙がある と殺気が降りかかってくることが多かった。 実際に先ほども雄二とてどういう状況だったか理解しきっては居なかったのだが、環は納得せずアイアンクローを浴びせてきていた。 全く、貴明も罪な野郎だよな…… 「ん、どうした?雄二」 「いや、別に」 「そうか、それならよいが……と、どうやら来たようだな」 源治の言葉に思わず入り口の方を見やる。 果たして父の言ったとおり、会場の入り口には、来栖川姉妹と長瀬兄妹が、一人の執事に連れられてきていた。 「……今回ばかりはすまんと思っているんだが……」 「わーってる。まぁ別に嫌いなわけじゃないしうまくやってくるよ」 「あぁ、では頼む」 申し訳なさそうに言う源治にひらひらと手を振ると、雄二はゆっくりと4人の居る方向へ向けて歩き始めた。 「しかし……気が進まんな」 「そう言われるとまるでワシが悪の元凶のようではないか」 源治がひとりごちると、まるでそれを待っていたかのように初老の男が源治の後ろに現れた。 ぱっと見が50にも60にも見えるその顔とは裏腹に全身が筋肉で覆われているかのような太い肉体は、まるで年齢を感じさせない。 長瀬源四郎―――執事長の証であるセバスチャンの名を与えられた来栖川家を影から支える第一人者である。 「しかしも何もその通りだろう?わざわざ逃げられないようにこんな場まで使いおって」 「こんな場でも使わんと逃げてしまうからな」 「かといってこれでは余りにも酷かろう。お主の孫はともかく来栖川の2人は……」 「わかっとる。だからこそ『もう一つ』の理由を準備しておいた」 源四郎は言いながら子供たちの方へと目を向ける。 源治も同じように目をやると、そこには源治の見知らぬ女の子が紛れ込んでいた。
《後書き》 伏線張りを頑張ろうとしたら張りすぎて訳が判らなくなって無いですか?orz ちなみにセバちゃん(源四郎)がタメ語なのは仕様です。理由がちゃんとあるのです。 でもしばらくそのネタ出ない悪寒orz 1話だけだと流石に皆さんも意味ワカラン気がするのでなるべく早く2話仕上げますね。拍手ボタンです。何か思うところありましたらポチっとどうぞ。 次の話へ 戻る