「剣道部の宮沢君ってさー、本当は彼女いるらしいよ」
 佐々美はふとそんな一言を耳にして、ぴくりと動きを止めた。
「え、マジー? 宮沢君って、今は誰とも付き合う気はないって言ってる人じゃないの?」
 振り返ると、話をしていたのは、教室の一角にいる佐々美たちとは別の女子グループだった。
 窓側によりかかっている女の子が、首を傾げて得意そうに言う。
「いや、だからさ? そんなの、どーせ本当の彼女がいるからに決まってんでしょ? 彼、もともと硬派そうなイメージってのもあるし、体のいい断り文句だったんじゃん?」
「うっわー……マジで? だったら、ちょっとショックかも……。っていうか、その彼女ってどんな人なの?」
「私は知らないよ? ただ、友達の後輩から聞いた話だとね、宮沢君の彼女って、すっごく髪が長くて綺麗な人で、お淑やかそうでお嬢様っていうか……なんか、純和風の乙女って感じだったらしいよ」
 佐々美の耳が、ぴくぴくんっ、と猫みたいに反応する。
 髪、すごく長い……綺麗、お淑やかそう……お嬢様……オーケー。
 純和風――?
「それでね、誰もいない放課後に、二人っきりで夕焼けの校舎裏を歩いてたんだって。宮沢君もずっと笑顔でさ、すっごい良い雰囲気だったとか」
「え? っていうかさ……誰もいない放課後ってんならなんでその後輩が知ってんのよ」
「ん? さぁ? その後輩以外、誰もいなかったってことじゃない? でもさ、なんだかその雰囲気がすっごい怪しそうだったみたいでさ、二人ともかな〜り自然に打ち解けてて、こりゃ間違いないわっ! って感じに確信したらしいよ!」
 その女子はぐぐっと拳を握りしめて、若干興奮気味になって語った。
 佐々美は、少し気持ちを落ち着けて考えてみる。
 誰もいない放課後――放課後はいつもグラウンドで部活、終わり次第すぐに帰宅している。
 校舎裏を二人っきりで――そんなシチュ、夢と妄想の中でしか記憶にない。
 ずっと笑顔――? そんなの、むしろこっちが金を払ってでも見てみたいのに。
 くそっ。
「ねーそれでねー、その後輩の子が言うには、そこで宮沢君、なんかマジでやばいこと言っちゃったらしいんだよねー……!」
 ひそひそと声を潜めだしたのになんだか怖くなって、佐々美はついに席を立ち上がった。
 凍り付くような不安をひしひしと感じつつも、佐々美はその藍色のツインテールを揺らしながら、彼女らにばれないようにそっと近づいていく。
 後ろで「佐々美さまー?」などと子分たちが呼んでいるが、今だけは無視。
 映画のスパイのように物陰に隠れ、こっそりと耳をすませた。
 そして――聞こえてきた内容は、果たして、爆弾兵器そのものであった。
「宮沢君……それで彼女に言ったんだよ! 『そんなこと気にするな。俺が一生守ってやる』って……マジで!」

 かくして佐々美は、気を失った。








 昼。
 抜けるような青空の下。
 秋のひんやりとしたそよ風が、紅葉の梢をさわさわと揺らしている。
 そんな中庭のある一角、怪しすぎる女王猫と子猫が二匹(ほか多数)。こっそり身を隠すようにして、宮沢監視フィールドを展開していた。
「んっ……おいテヅカ、あんまり動いちゃだめだ。よしよし、毛づくろい毛づくろい……。ん〜だから、じたばたするなって、めっ!」
「はぁ……宮沢様……」
 前方の視界の彼方には、佐々美の敬愛する超絶美男子、宮沢謙吾の姿が。
 いつものようにリトルバスターズのメンバーたちと、なにやら不思議な遊びを繰り広げている。
 ああ、今日もなんて美しい――その端整な顔立ち、どこか厳然とした武士のような気風、おまけに聡明さや実直さも忘れていないような、まるで全国女子の理想の殿方。いや、絶対誰にも渡さないが。
 そこにちょっぴりとだけ、子供っぽい笑顔も加わって、萌え率はもはや百億超パーセント。
 ああ、まるで太陽のように晴れやかな彼――彼はどうして、あんなにも眩しく美しい。
「ちょっ、ちょ、こら……っ! スカートの中にもぐるなって……! そんな変な技、いったいどこで覚えてきたんだ! このやろっ! やっ……わひゃひゃひゃっ! く、くすぐったいわぼけ! や、やめろって! この――う、うぷはははははっ!」
 しかしそんな彼にも、秘密の恋人がいるというらしい。
 許せない――あんな素晴らしい殿方であれば、恋人の一人や二人くらい簡単に作れるものだが――佐々美にとっては到底許容できない事実である。
 いったいどんなふうに葬ってくれようか。
「こ、こんにゃろ〜……。こっちも反撃じゃ! ほら、捕まえたぞ! こちょこちょこちょこちょ〜……っ! ひ、ひゃあっ!? ちょ、おまえら、総掛かりか!? うにゃー……あたしをなめるな、この野郎ども! うらうらうらうら!」
 それにしても、やたらと後方が騒々しい。
 ぎにゃーとか、おにゃーとかいう猫の叫び声などが不快に耳をつんざき、佐々美の頭へ熱がどくどくと上がってくる。
 せっかく、あの宮沢謙吾の溌剌とした姿を覗ける――もとい、あの美少年に言い寄ってくる不届き者を発見できるチャンスだというのに、このままではうまく作業に集中できない。
 佐々美は気持ちを落ち着けるため、一度深呼吸をして、それから再び、ゆっくりと監視体制に入った。
 そしてその直後、佐々美の後頭部になにやら温かくて毛むくじゃらみたいなのがぶつかってきて、前に大きくつんのめってしまう。
 見てみると、縞模様の猫だった。
「わはっ、なははははっ! わ、わわっ、首をなめるなこら! わははっ……う、うひゃひゃひゃひゃひゃ! ちょ、も、もうダメ――」
「……」
「にゃふんっ!」
 そのむかつく頭に拳骨をくれてやった。
「な、なにすんじゃっ!?」
 さきほどからうるさかったこの子猫――棗鈴は、殴られた箇所を手で押さえながら、キッと佐々美の顔を厳しく睨みあげてくる。
 佐々美は、すぅー……と息を吸い込み、
「そ・れ・は、こっちのセリフですわよ、このお馬鹿っ! あなた、もうちょっと静かにできないんですの!? 私のことを邪魔するつもりでしたら、今すぐにここでぶっ飛ばして差し上げますわよ!?」
 怒りがほとばしる指先を、棗鈴のおでこにつんつんと突き刺してやる。
 ああもう、ほんとうにいらいらする。
 この生意気な子猫は、信じられないが「一応」作戦の協力者だ。あの宮沢謙吾にもっとも気安く話しかけられそうな女子ということで、一番最初に接触したのだ。
 そして、少々迷ったが、取りあえず今回の事情をこいつに話してみたところ、意外にも真剣な顔つきになって「このあたしにも内緒にしやがってるとは、まったく気にくわんな」などと言い、どうやら結構乗り気になってくれたみたいなので、これは相当心強い味方ができたと内心喜んでいたのだが、
「うっさいわ、ぼけ! おまえのほうが静かにしろ!」
「ふにゃん!」
 殴られるのだ。
 ちくしょう、もう怒った。今すぐ仕返ししてやろうかと思ったが――「いいから黙れ、ぼけっ」と口を塞がれ、校舎の壁に押さえつけられる。
 そのまま息を潜めて静かに様子をうかがっている鈴の姿がとても癪にさわったので、佐々美はローファーの踵でぐりぐりと足を踏んづけてやった。
 わめき出す鈴の口をすぐに手で塞ぎ、「いいから、あなたも黙りなさい」と言ってやったところで、その不毛な喧嘩はひとまず終了となった。
「はっはっは! 続けていくぞ――、ハイパー・ルナティック・ふんどしサァ――――ブッ!」
 バレーボールを楽しそうにプレイしている謙吾の姿が見える。
「って、どんなふんどしなの!?」
「はんっ……甘ぇな。てめぇのふんどしと筋肉はその程度か! いっくぜぇぇぇぇぇぇ――――ッ! ザ・マッスルミュージア――――ムッ!」
 筋肉馬鹿のど派手な飛び込みレシーブに、直枝理樹の「気持ち悪すぎるよっ!?」という突っこみが重なる。
 こちらの騒ぎにまったく気づいていないらしい彼らの様子に、佐々美はひとまずほっと安堵した。
 なぜだかやたら騒々しい謎のバレーボールゲームのおかげで、こちらの声など簡単にかき消されてしまったのだろう。
 佐々美は、ゆっくりと鈴の口から手を離していく。辺りの猫たちはいつの間にか消えていた。
「ふぅ……。今のところ……例の人物は現われてきてないようですわね」
「うみゅ」
 鈴は痛そうに顔を歪めながらも、神妙にうなずいた。
 佐々美は、自分で言っておきながら、例の女のことを思い出し、顔を嫌悪にしかめるのだった。
「ちっくしょう……本当にいまいましいヤツですわね! いったいどこのどいつなんですの!? あの宮沢様に一生守ってもらえるだなんて……生意気にもほどがありますわっ!」
 鈴は、その部分には同意しかねる感じだったが、佐々美と似たように眉をひそめて答えた。
「うーみゅ……多分、謙吾がそれだけ言うくらいだから、相当大事に隠しているやつに違いないぞ。きっと、あたしらリトルバスターズの仲間よりも大事だ」
 仲間よりも大事にしている、というところに鈴はずいぶんと腹を立てているらしかった。
 自分たちに対して一言も打ち明けなかった謙吾のよそよそしさに、鈴も少なからず失望しているのだろう。
 つまり……佐々美は、その謎の女に対して怒り、そして鈴はその謙吾自身に対して怒っている――そんなある意味自分勝手すぎる佐々美と鈴の利害はうまく噛み合い、ここに「宮沢謙吾・謎の恋人調査チーム」は結成されることとなった。
 二人は、冷静に議論を交わした。
「昼休みになっても、その秘密の女が現われないってことは……どういうことなんだ? そーとー関係を秘密にしたがってるってことか?」
「ええ……そうですわね。少なくとも、皆さんに紹介する気はないってことでしょう。まぁ、当然ですけど」
 そんな佐々美の冷ややかな一言に、鈴はゆらり、と自らの瞳に紅い炎を灯した。
 そんな謙吾の態度をますます不快に思ったのだろう。
 対して、佐々美の瞳にも、ふつふつと静かな青白い炎が宿っていく。
 仲間に対しても明かせない恋とは――それすなわち、禁断の恋――殺! 
 ロマンティックな恋? 殺! プラトニックな恋? 殺! 
 交換日記? ロミオとジュリエット? 殺、殺、殺! 
 殺殺殺殺殺殺っ!
「き、きぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜……っ! ゆ、許せん……っ!」
 佐々美の顔は、もはや夜叉の顔となっていた。
 コハー、コハー、と荒い息を吐き出し、まだ見ぬ純和風系美少女の姿を虚空にとらえ、妄想の中でぎったんぎったんのけちょんけちょんにすること百度余。
 いざ見つけたときは、いったいどうしてくれようか。
 取りあえず顔にビンタ一発、体のどこかに蹴り一発、女子ソフト部に伝わる地獄の秘密体操を数百度やらせ、その過程に、あの清純な宮沢謙吾をどんな淫らな方法で誘惑し、懐柔させたのかを、聞き出す。もちろん惚れ薬なるものがあったのなら絶対没収だ。それから、それから――。
「……おいさし美、おまえにちょっと聞きたいことがあるんだが」
「へ……? な、なんでございますの?」
 ふと正気に戻ると、目の前にいた鈴が、真剣な表情になって思案にふけっていた。
 不気味すぎる光景に思わず後ずさる。
「そのクラスメートの女に、謙吾の彼女の服装について、詳しく聞いたか?」
「へ? 服装? いいえ、特に目立ったことは言ってませんでしたけど」
「うみゅ、そうか……」
 鈴は腕を組み、再び深い思案の海に沈んでしまった。前髪がうっすらと目の縁にかかり、どこか神秘的な雰囲気をただよわせている。
 しかし、服装についてなにも言っていなかったというなら、いったいなんだと言うのだろう。
 佐々美は呆れた調子でそんなことを言ってやりたくなったが、その鈴の、遠い世界を見つめたニヒルな眼差しを見て、思わず気圧されてしまい、なにも言えなくなってしまった。
 なんぞ、これ。
「――はっ?」
 と、そのとき鈴の頭に横一直線、雷のようなものが走った。
 そして、お決まりのシーンのように、鈴は目を大きく見開く。
「そうか……そうだったのか!」
 佐々美はなんとなく、いやな気持ちになった。
 一方鈴は、しゅばばっ、と謎のファンキーポーズを取り、
「謎は、全て解けたっ!」
 ……などと、佐々美の予感を全て的中させる発言をするのだった。いくらなんでも早すぎるだろ。
 さすがあの男の妹――という風評を今ここに体現した棗鈴は、あの有名なセリフとともに、その艶やかな鳶色の髪を宙になびかせながら、びしっと佐々美に指を差し向ける。
「すまん、み○き! 今すぐここにみんなを集めてくれっ!」
「誰がみ○きですか! 私はさ・さ・みですわよっ! いいかげん目を覚ませ、この大ぼけっ!」
 ぼかり、と頭にチョップをしたところで、ちょうど校舎のほうから、昼休み終了のチャイムが高らかに鳴り響いてきた。
 慌ててあたりを見渡したところ、もうそこには誰の姿もなく、佐々美たちは互いに醜く罪をなすりつけ合い、どつき合いながら、全速力で教室へと戻るのだった。









「……なぁ、ささこ……」
「なんですの?」
 五時限目が終了し、どこか気の抜けた雰囲気がただよう廊下の一隅。佐々美と鈴はそこで再び出会った。
「えっと……」
 鈴は、恥ずかしそうにその朱色の瞳をあたりに巡らせ、口をもごもごとさせている。
「なによ?」
 怪訝に思って、そう聞き返すと、
「うんと、やっぱ……あれなしで……」
「はぁ」
 などと、物の見事に意気消沈した様子を見せるのだった。佐々美は気が抜けたように溜息をつく。
 どーせそんなことだろうと思った。
「よくよく考えたら、あんなの、全然ありえんってことに気づいた……」
「まぁ……まったくありえないわけではないですけど、可能性は限りなくゼロに近いですわね」
 佐々美がそう言うと、鈴は申し訳なさそうに目を伏せて、閉口する。
 そんな仕草が、ほんのちょっぴり可愛らしくもあった。
「でも私、ちょっぴり感心してしまったんですわよ。『意外と』棗さんもおつむがよろしいんですのね」
 すると鈴は顔を上げて、むっと顔をしかめる。佐々美は口に手を当てて、ほほほと笑った。
 しかし、実際かなり感心したのは事実だ。この聡明な子猫のおかげで、ターゲットを割り出すのに重要な手がかりを得ることができた。
「さて……だとすると、ひとまず例の女は外部の人間ではない、ということですわね」
「うん。それは取りあえず間違いないと思うぞ」
 鈴と共に、神妙な面持ちでうなずき合う。
 さきほど浮かんできた鈴の仮説というのは(もう仮説と言ってしまうが)、謙吾と付き合っているという謎の女は、もしかしたら外部の学校の人間ではないだろうか、というものだった。
 鈴たちにずっと隠し通せるだけの隠れ蓑は、もはやそこしかないと鈴なりに考え込んだらしい。両者の出会いはきっと、剣道大会の繋がりかなんかだろうということで。
 佐々美にとっても、それはそれで大いにあり得る話だと思ったし、取りあえずこっちでも真剣に考えてみたのだが、
「話に出てきた後輩が、その女の制服についてなにも覚えてなかったのは、やっぱりちょっとおかしいということですわね?」
 突き詰めると、いまいち当たっていなかった。
 鈴は再び「うん」とうなずき、腕を組んで足をカタカタとやった。
「もし、その女がほかの学校のやつだったら、その後輩は必ず、その女が着ている服装についてなにか言ったはずだ」
 そう――なにも言わなかったということは、なんてことはない、ただその女がこの学校の制服を着ていたということだ。
 これで正真正銘、謙吾の恋人(仮)は、自分たちの学校内に在籍しているということがはっきりした。
「ふふふ……なかなか面白い話でしたわ。でかしましたわよ、棗さん」
 そうやって褒めてやると、鈴はくすぐったそうにそっぽを向いた。
 そんな子猫のことを可愛らしく思いながらも、佐々美はゆっくりと不敵な微笑みを浮かべていき、手を顎に添えて考え込んだ。
 これで少し範囲を絞り込めた、という進歩的な事実に、佐々美の心はやや踊る。
 考え方によってはまったくスタートラインから動いていないかもしれないが、一歩進んだ、と敢えて意識することで、頭が見違うようにすっきりと冴え渡ってくるのだ。
 さて、どうやって追いつめていってやろうか。あの宮沢謙吾に愛の告白なんかされた生意気女め。
「それで? 授業中などは、なにか宮沢様におかしな様子などはありました?」
「いーや、いつも通りクールを装ってむっつりとしてたぞ。全然普通だった」
 その言い方に少しカチンとくるが、鈴はさして気にもしてない様子で、自分の主張を伝えるべく佇まいを改める。
「それでな、さし美……あたし思ったんだが、」
「ささみですわよ。てか、あなた絶対わざとやってるでしょう。で、なんなんですの?」
 鈴はすましたような表情で、けろりと言った。
「おまえ、その女を見つけて次はどうするんだ?」
「へ?」
 佐々美は、思わず目が点になってしまう。なにをいまさらそんなこと。
 それはもちろん――八大地獄なみの苦痛を味わわせて、その女が使用したであろういかがわしい惚れ薬を没収し、自分用に使わせてもらい――ではなく、目を覚ました謙吾に真実を打ち明け、そこでさらに真摯な愛の告白をして、感涙にむせび泣く謙吾を優しく抱き止め、甘いキスを交わす――ああ、なんて堂々たるハッピーエンド……「佐々美……俺はおまえのことを、一生守ろう」「はっ、はいぃぃぃっ!」……ってわけだ。
 自分勝手な甘い妄想に浸り、いやんいやんと首を振る佐々美に、鈴は気持ち悪そうに顔をしかめ、話の続きを語り出す。
「なんならおまえ……今すぐ謙吾に告白したらどーだ?」
「はいぃっ!?」
 びっくり仰天で仰け反る佐々美に、鈴は少し面食らいながらも、またすぐに真剣な表情に戻って言う。
「うーん……あれこれ言ったって、ぶっちゃけそれが一番手っ取り早い方法だと思うんだが。おまえが謙吾のやつに告白すれば、その女は必ずその現場に現われるし……そこでおまえがその女にバトルを挑んで倒してやれば、全ては丸く収まるはずだ」
「って、なにも全然丸く収まってないでしょう!? 丸く収まってるのはどう考えてもあなただけですわよ! そんなことしたら、私は間違いなく宮沢様に嫌われますし……だいたいそれだと、宮沢様とその女の人がかわいそうすぎるじゃないですの!」
「へ? なんだおまえ? その女のことが嫌いじゃなかったのか?」
「嫌いですわよ! もう大っ嫌い! ……ですけれど、」
 そんなふうに平然と話している鈴が、少しだけ冷たい、と思った。
 なんだか佐々美は複雑な気持ちになり、そっぽを向いて眉を弱々しく下げると、ぽつぽつとその女のことについて語り出した。
「いくらなんでも……その女の方を問答無用で倒してしまうのは、ちょっとかわいそうだと思いますわ……」
 けれど佐々美は、やっぱり素直になれないから、眉をキッと再びつり上げると、
「ふ、ふんっ……。ただ別に、私は宮沢様のためを思って遠慮してやってるだけですからね!? ええ……目の前でそいつをぶん殴ってしまうと、宮沢様がお傷つきになりますものね! で、ですから、別に私がその女と仲良くしたいわけじゃありません! おわかり!?」
 そんなふうに言い訳がましくがなってみる。
 そんな女王猫の姿を見てどんなふうに思ったのか、鈴は「ふーん……」とつぶやきながら、まじまじと佐々美のことを見つめるのだった。
「で、やっぱり謙吾に告白はしないのか?」
「しませんわよっ! あ……いや、今は……ってだけですけど……。その……まだやっぱりちょっと恥ずかしいんですの……」
「ふーん」
 もじもじと赤くなる佐々美をよそに、鈴は退屈そうな声を上げた。
「めんどくさいんだなー、おまえの恋って」
 明らかに今まで一度も恋をしたことがない、現役女子高生、棗鈴のお言葉だった。
 佐々美は苛立つよりも呆れ、がっくりと肩を落とした。
「……あなたにも、いずれわかる日が来ますわよ……」
 少し大人ぶって答えてやる佐々美の脳裏には、あの過保護すぎる兄貴の顔が浮かんでいた。 
 この鈴も、もう少しあの馬鹿兄貴から独立して、他人のことを真剣に考えるようになれば――とは思うが、そこまでライバルに対して塩を送ってやる義理はない。
 そんなことをぼんやりと考えつつ、休み時間終了のベルが鳴ったので、そこでその会合はお開きとなった。



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