笹瀬川佐々美は、のちに述懐するのだ。 あの事件ほど、なにもかも馬鹿らしいと思ったことはないと。 これからはなるべく、恋愛に対しては大らかな心を持とうと。 そうそれは――誰もが馬鹿だったから、起こってしまった事件。 佐々美はその日に、確かに、大切なものを失ったのだ。 時として、人はそれをイメージと呼ぶ。 「――、いいからこれに着替えろ、ぼけっ!」 「え……ちょ、ちょっと……――」 男子寮。一階廊下。 佐々美は鈴の案内により、直枝理樹の部屋の前にまでやって来ていた。 鈴は、佐々美に対して取りあえずここで待っているように言いつけ、後はノックもなしにずこずこ理樹の部屋に入っていった。 それ以来、中からはずっと変な物音が聞こえている。 鈴は、さきほど「これからその女に会わせてやるから」と言っていたが、なぜそれで行き先が男子寮の直枝理樹の部屋になるのか、佐々美にはさっぱり意味不明だった。 扉越しに鈴にそのことを尋ねても「いいから大人しく待ってろ馬鹿」と返されるので、その通り大人しく待つこと十数分。 急に中の物音がやんだと思ったら、扉の隙間から、ひょっこりと鈴の顔が現われた。 「……覚悟はいいか?」 妙なことを聞いてくる。 「なんでそんなことを聞くんですの? 覚悟をなさるのは、そちら様のほうではなくて?」 「……いいんだな?」 いちいちしつこい。佐々美は若干緊張させられつつも、強くうなずき返した。 ぎぃぃ……っ、と扉がゆっくりと開いていき、鈴の体がひょっこりと外に出てくる。 そして、その後ろから現われたのは――、 「あ……あなた……っ!?」 写真で見た、あの女――! 写真で見た頃よりずっと髪が長くなっているが、確かに顔も体もそのまんま。照れ恥じらう様子も、そこから沸いてくるお上品なイメージも、確かにうり二つ――というより、間違いなく同一人物! やっと見つけた――と、佐々美は頭の奥で、じわじわと歓喜に打ち震える。 なぜだかちょっぴりとした達成感。途中から目的と手段がすり替わってしまった感があったが、よもやもうそんなことはどうでもいい。 目の前の女は、あくまでお上品に、頬を桃色に染め、伏し目がちにちらちらとこちらの方をうかがっている。 よく見ると、少し中性的な顔つきだった――不覚ながら、同性である佐々美もちょっぴり胸を動かされてしまった。 いや、いけないいけない、と首を横に振る。 佐々美はこいつと勝負をしに来たのだ。古式のように感化されてしまってはいけない。 佐々美は猛然と目を鋭くし、目の前の女を厳しく睨み付ける。 「失礼。あなた……名前はなんておっしゃいますの?」 答えない。 その女はいっそう頬を赤くし、きょろきょろと目を這わせ、助けを求めるように鈴へと視線を投げかける。 だが鈴は、あたしはなにも知らない見たくないというように、あらぬ方向に目を向けていた。 「え、ええっと……」 鈴の助けが得られないとわかったその女は、もにょもにょと誤魔化すように、視線を外して言いよどんだ。 なんとも媚びへつらった声である。そんな甘い声を使って、謙吾の耳元で愛をささやいたのだろうか。 だんだん苛立ってきた佐々美は、威嚇するようにその長い髪をかき上げ、女王猫さながらの、尊大な眼差しをそいつにくれてやった。 「あら……そう? まずは私から名を名乗れって言いたいんですのね? ふんっ……生意気な女ですこと。まぁ、いいでしょう」 佐々美はそう吐き捨てると、不遜げに顎をつき出し、そのぺったんこな胸に手を置いて、高らかに自分の名を宣言する。 「女子ソフト部の四番ピッチャー、笹瀬川佐々美ですわ。呼びにくい名前ですみません。ですが、もしそこの子猫のように名前を噛みやがったりしたら、そのときは容赦なく……」 開いていた手を、グシャっ……と握りつぶし、「……ですので、どうぞよろしく」……雄弁にその未来を語った。 その女子は怯えるようにぶるぶるとふるえだし、スカートの裾をぎゅっとつかむ。 そして、再び懇願するように鈴に視線を投げかけ、 「り、りんっ……!」 やっと人語を話した。 「も、もういいでしょ……!? ぼく、このままだと笹瀬川さんになにされちゃうか……っ!」 それを聞いた佐々美は、へえぇ、と薄ら笑いを浮かべてやった。 一人称がぼく、ときた。 これが巷で噂となっている、男子が大好きな「ぼくっ娘」というやつか。確かに少しはギャップがあっていいかもしれない。 でも、だっていうんなら、なんて男子に媚びへつらった言葉遣いなのか。 その言葉遣いで謙吾のことを嫌らしく誘惑したのか。萌えさせたのか。なんとも下劣で汚らしい女である。 佐々美がせせら笑いを浮かべていると、ずっとこちらに背を向けていた鈴がぼそっと一言。 「言うとおりにしないと、おまえも真人のように……」 「ひいっ!?」 目の前の女が、びくっ、と飛び跳ねた。 さっきよりもいっそう震えを強くし、なにかを畏れるようにぎゅっと目をつぶる。 「……?」 佐々美だけが、その意味がわからずに首をかしげていた。 真人って、昨日鈴になにかひどいことをされた男じゃなかったっけ。確か、猫の菓子袋を間違って食べちゃったっていう。 どうして今になってその男の名が出てくるのかわからないが――そんなこと、今の佐々美にはどうでもいいことだった。 むしろ、こうやって人が丁寧に挨拶してやってたのに華麗にそれをスルーしやがったこの女の処遇をどうするか、そちらのほうが問題だ。 佐々美は、優雅に髪をかき上げて、軽蔑の視線をそいつにくれてやった。 「ふんっ。人とろくに挨拶も交わせないとは……程度が知れますわね。あなた、もしかして私のことなめていらっしゃいますの?」 ぶんぶんぶんぶんっ、と勢いよく首を横に振る。 ちょっと気持ち悪い。なんでこの女はこんなに必死なんだろう。 「まぁ……いいですわ。あなたになめられた分はあとできっちり返すとして……私、まずあなたにちょっとお聞きしたいことがありますの」 佐々美は、とっとと本題に入ってやることにした。じっくり料理してやるのは、その後でいい。 目の前の女は、ちょっと不安そうに顎を引いて、こちらの様子をうかがっている。 「あなた……いったい、宮沢さんのなんなんですの?」 「……」 答えない。質問の意味がわからないというように、呆然として固まっている。 なるほど、答える必要すらないということか。演技はさすがに上手いが、いよいよこっちを見下しているのがわかった。 佐々美は怒りに顔をゆがめ、相手を威嚇するように地団駄を踏んだ。 「わかっているんですのよ……っ! あなたが、あの宮沢さんと二人っきりで校舎裏を歩いていたのは!」 「……!」 驚いたように目をむいた。まさか、あれを見られていたのか――といった表情。 とうとう化けの皮が剥がれ始めたようだ。 佐々美は怒りを嘲笑に変え、見下げ果てたようにその女に侮蔑の視線を送った。 「ふんっ……どうやら、ぐうの音も出ないようですわね。あなたと宮沢さんの関係は、もう校内中で噂になっていますのよ。ちょっと人物の特定が難しい内容でしたけど……まぁ、私の手にかかれば、あんな条件、小学一年生の足し算を解くより簡単なものでしたわ。ちょろいもんですわよ」 なんてやつだ。こいつ、いったいどこまで謙吾のことが好きなんだ――とでも思っていそうな顔をしている。 思わず笑ってしまう。困惑しつつも、とっさにこちらへの認識を改めようとしてきたのが、手に取るようにわかった。 本当のところは全部嘘っぱちなのだが、ここでちょっとでも油断できないやつだと思わせておかなければ後々損だ。どんどん攻めていく。 「あなたのお察しの通り……宮沢さんからあなたに贈られたという言葉も、私はすでに存じておりますわ。けれどおあいにく様、それくらいで簡単に諦めてしまうほど、この笹瀬川佐々美、適当な気持ちで恋をしているわけじゃありませんの」 いや、べつにそんなこと思ってないけど――とでも言いたそうな顔。いよいよ演技が下手くそになってきた。 その裏に隠れている困惑の表情がまったく隠し通せていない。実に滑稽である。 佐々美は、ふっ、とすましたように笑い、ツインテールの髪をなでる。 「もう……あなたにばれてしまっても全然構いませんわ。宮沢様は、正々堂々と奪い取らせていただきます。きっとあなたは、あの手この手といった汚い手段を駆使し、ようやっとの思いで宮沢様の清純な心につけ込めたのでしょうけど……いやはや、残念でしたわね。この私――笹瀬川佐々美に見つかってしまったからには、そんな苦心もすべて水の泡に帰ってしまいますわ。悪は必ず滅びるというもの――この私の、宮沢様への愛の力と、今日生まれた親友への友情の力で、あなたをコテンパンにやっつけて差し上げます。さぁ……どっからでもかかってきなさい! 返り討ちにして差し上げますわっ!」 びしぃっ! とかっこよく指差し、佐々美はファイティングポーズを取った。 命が惜しかったら手を引け――だなんて、佐々美はそんな小物くさいことを言う女ではない。 狙うなら正々堂々、真っ正面から。その道以外は存在しない。 それはいわゆる、女王猫のプライドだ。 必ず自分が勝って正義になるという、ある一種の傲慢な誇り。 けれど佐々美はそうやって、胸を張って一生懸命に生きている。 だから、陰湿な手段に頼る必要などはないのだ。まぁ最初こそは、惚れ薬をゲットしちゃおうとか思ってたけど――それはそれ。 惚れ薬など存在しないと判明した(美人すぎて)今は、ただ正々堂々と、愛のために闘うだけである! 「さぁ、どうしたんですの!? 来ないのなら、こっちから行きますわよっ!?」 じりじり、と間合いを詰め、足に力を込めていく。 だが佐々美が向かう相手は、ただこちらを見ながら、少し困ったような、へらへらとした締まりのない笑顔を浮かべていて、 「あ、あはは……ど、どうしよう……」 なんて言いながら、ぽりぽりと頬をかいているのだ。 そのおちゃらけた態度が癇に障り、佐々美はいよいよ顔が真っ赤になる。 左の拳に力を込め、一気に前に踏み込もうとした、その瞬間――。 「――む? なにやってるんだ、おまえら?」 動きが止まる。 まさか。 またもや――。 「おい……鈴? 呼ばれたので来てやったが……なんなんだ、これは? どうしておまえら、理樹の部屋の前でなんか集まってるんだ?」 佐々美がそちらにゆっくりと振り向くと、そこにはなんと――ジャンパーを羽織った剣道少年の姿が。 なぜ。 どうして。 佐々美の頭の中に、数々の疑問詞が反芻する。 どうしてこの男は、一番来てほしくないタイミングにいつもやって来るのか。 佐々美が拳を構えたまま呆然と固まっていると、目の前の女は、甲高く、親しげな声で、謙吾に向かって叫んだ。 「謙吾っ!」 それは、もっとも見たくなかった光景。 謙吾は、その女の姿を確認すると、一瞬だけ驚いて、それからとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。 助けを求めるように向かっていくその女と、両手を広げてそれを迎え入れようとしている謙吾。 佐々美の時が、今、止まった。 愛と正義の戦士は、時が止まった空間で、ゆっくりと力尽きていく(戦闘時間、約五秒)。 絶対に想像したくなかった光景が、今まさに現実に――、 「うぎゅっ!」 なり、はしなかった。 間に立ち塞がった鈴に、謙吾とその女は、アイアンクローを食らわされるかのように顔をぎっちりとホールドされ、動きを止められる。 じたばたともがいている両者の間で、まるで地獄の底からやってきたような、恐ろしい声が発せられる。 「いいかげんにしろ……っ」 まるでそれは、地獄からやってきた死神のような声。 前髪がうっすらと顔にかかり、その表情はよくわからない。 ただ、その得体の知れぬ恐怖感と、爆発五秒前といった感じに導火線にちりちりと火がついている様子だけは、佐々美のほうにも伝わってきた。 あうあうあうあうっ、とオットセイのように呻いている二人を尻目に、鈴は深く息を吸い込み、そして、 「こんの……ばっかやろぉ―――――――――――っっ!」 「ふごっ!?」 「うきゃん!?」 ごちんっ、両者の頭をごっつんこさせた。 幾多もの星々が上方を飛び交い、どさり、と地面に倒れる二人。 目をぐるぐると回してのびている二人のことを尊大に見下ろし、鈴は息を切れさせながら、びしぃっ! と指差し。 「おまえ、ばかだっ!」 「きゅう……」 のびている女は、その頭を少し動かし、ちょっぴりうなずいたように見えた。 「おまえも、もっとばかだっ!」 「ぐむ……」 返事を返せない謙吾から視線を外し、鈴はつかつかと佐々美のほうへ歩み寄ってきた。 「むぎゅっ!」 拳骨を頭にくらう。思わずしゃがみ込んだ。 「そんでもって、おまえが一番ばかだっ!」 そしてなぜか叱られる。 なにがなんだかわからぬまま、佐々美が頭を抱えて悶絶していると、鈴は矢継ぎ早に怒鳴って言うのだった。 「なんでずっとこいつを見てて気づかないんじゃ、おまえは! どんだけ馬鹿だっ!」 わけのわからないことを頭上から怒鳴られる。 人のことを殴っておいて馬鹿馬鹿って、ちょっとひどくないだろうか、と佐々美はぼんやりした頭で思った。こっちは今、大事な時が来てるっていうのに。 だが、もはや佐々美には、鈴に対して仕返しをしてやろうなんていう気力は残っておらず、ただただ目の前の現実に虚しくなるばかりであった。 さっきの謙吾の嬉しそうな表情に、佐々美は全力でショックを受けてしまったのだ。 鈴は、佐々美への説教を一通り済ませると、どっかの軍曹のように「立て、このぼけどもっ!」と三人に命令し、ぐったりとしながらも佐々美は立ち上がった。 もう、なにがなんだかわからない。 愛と正義の戦士、もうお家に帰りたくなってきた。 「これがいったいどーゆーことか……あたしが全部説明してやる。ひっじょーにくだらん話だ」 鈴は腕を組んで、目つきを鋭くし、謙吾に視線を投げかける。 「おい馬鹿。こいつの名前はなんだ? 言ってみろ」 謙吾は頭を痛そうに押さえながら、目の前の女を見て、答える。 「ん……なにを言っているんだ。そんなの理樹に決まってるじゃないか。いったいどうしたんだ、鈴?」 リキ、と謙吾が言った。 それがあの彼女の名前、ということだろうか。 可憐な外見に似合わず、意外と男らしい名前を持っているものである。 しかし、リキ。 そんな名前を持つ男子を、佐々美はよく知っているような気がした。 そう――男のくせに、意外と綺麗な顔をしている――女装が趣味の、ただの変態。 だが、今はここにはいないようだ。部屋の中も空っぽである。 「えっ……」 だが佐々美は、今目の前で起こった光景を見て、愕然としてしまった。 鈴があの女の頭に手をかけた瞬間、ぽろっ――と……髪が、取れたのである。 髪って……あんなに、「あ、じゃあちょっと取るね」って感じに、簡単に取れるものなんだろうか。 「んなわけないでしょうっ!?」 思わず、自分に突っこんでしまう。 鈴は、呆れ顔のまま、ふぁさふぁさ、とカツラ――ではなく、ウィッグをいじっている。 そして、その隣には、恥ずかそうに顔を真っ赤にし、ぷるぷると目をつぶっている――、 「あっ……!」 直枝、理樹! 今、佐々美の頭の中で、すべてが合致した。 頭の片隅にずっと残っていた妙な違和感が、すーっと方々に霧散していく。 あの写真に写っていたのは、まさしくこいつ、直枝理樹本人だったのだ! と、いうことは――。 この三日間の騒ぎは――ただこの変態に、佐々美たちが面白おかしく振り回されていただけ! まさか。 そんな――。 「ご、ごめんなさい……笹瀬川さん! ぼく……あの、実は女じゃなくって、」 男だ。 考えた瞬間、ふっ――と気が遠くなる。 「ご、ごごごめんなさいっ!? あの……えっと、さっき笹瀬川さんが言ってたことなんだけど……その日ぼくが、この格好で校舎裏を歩いてたのは……ただ、みんなからやらされた罰ゲームのせいで……! だから、謙吾の気を引こうとか、そういう変な気持ちはまったくなくって――!」 ぶんぶんと理樹は頭を下げてくるが、佐々美はただ茫然と固まってしまい、返事をうまく返すことができない。 今までの佐々美の苦悩が、走馬燈のように頭を駆けめぐる。 あの、ベッドにこもって一人涙を流した夜。 ピッチングに集中できずに、頭にたんこぶを作ったソフトの練習。 鈴と一緒に立ち向かった、謎、現実、苦難。 そうして新しくできた、一人の親友。 そんな苦しい努力の道のりが、結局こんな形で終わってしまうなんて――! 「つまり、こういうわけだ」 鈴は、すぽっ、と再びウィッグを理樹にかぶせ、話を続ける。 「あの日、古式が校舎裏で見たのは……ただの、みんなに女装させられた理樹だったんだ。あの日あたしたちは、校内全域を使った鬼ごっこみたいなゲームをしていた。それで最初に負けちゃった理樹は、みんなからの罰ゲームで女装させられたんだ。それで多分、古式が見たのは……二回戦目か三回戦目ぐらいのときの、校舎裏を二人っきりで歩いていた理樹と謙吾だったんだと思う」 よどみない鈴の説明に、佐々美は思いっきり脱力する。 なんて、くだらない真実。 謎の女、謎の女、と思って探し求めていた相手は、実は、ただの女装した変態だった。 佐々美と古式は変態相手に敗北し、それぞれ苦渋の涙を流したことになる。 改めて佐々美は、この女(変態)がいまいましく思えてくる。 だがここで変態に対して怒りでもしたら、ますます自分が馬鹿になるだけのような気がして、佐々美は黙って項垂れるだけだった。 実際、怒る気力もわいてこなかった。 もうお家に帰りたい。 「はっはっは! いったいおまえら、さっきからなにを喋ってるんだ? まさか、俺と理樹の仲でも邪推しているのか?」 かちん。 まったく空気を読んでない男に、佐々美は初めて氷のような殺意を抱いた。 それは、少なからず鈴も同様だったようであり、相変わらず馬鹿みたいに一人で笑っている馬鹿謙吾に、佐々美と鈴の、凍てついた視線が注がれる。 「うむ、すまんな二人とも! 俺と理樹の仲はもはや、このリトルバスターズジャンパーのファイヤーロゴのように、あっつあつ〜、なものと言っていいだろう! な、理樹?」 「んなわけないでしょ……勝手に決めないでよ。っていうか、その例えものすごくわかりづらいよ!」 「なに? だって……今日は、俺のために女装してくれたんだろ?」 「違うよ! 真人みたいに旅に出たくなかっただけだよ!」 「はっはっは! 照れるな照れるな! どうやら今日の理樹は、ツンデレというやつらしいな! いやあ、なにしろ……俺はもう理樹に一生守ってやると言ってしまった口だからな……そんなこと言われたって全然くじけないぞ、はっはっはぁ!」 「も、もうっ……なんでそこまで謙吾って、ポジティブ馬鹿なの……!? 超強敵すぎるよ!」 「ふっ、馬鹿で結構! おまえのためなら……俺は馬鹿にだってなんにだってなってやるさ! はっはっはっはっは!」 ゆらり。 佐々美と鈴が、のっそりとした動きで、謙吾に近づいていく。 その動きはひどく緩慢だが、その実、異様な威圧感をあたりにまき散らしていた。 「実はな……あの西園にも、俺とおまえの仲を応援されてしまったんだ〜♪ 現代は王道カプより、なんたらかんたらがいいです……とか言っていてな。正直意味がよくわからなかったが、これで俺は、あの恭介よりも一歩リードした立場になれたと言っていいんだよな!?」 それはさながら、地獄から這い出てきた死神のように。 数秒後に刈り取られる運命の命を、予定通り、鎌で優しく刈り取ってやるために。 のっそのっそと、静かに近づいていく。 「それでもって今日は、鈴に呼ばれてきてみたら、また綺麗になったおまえがいたじゃないか! これは、なにかの運命だぞ!? 思わず徹夜してリトルバスターズジャンパー2nd.を作成してみようと思ったくらいだ! もちろん、胸にはRiki(はぁと)のロゴをつけるぞ!」 佐々美の体は、再び体内にエンジンがかかったように熱くなっていき、固くなっていた腕も、次第に柔らかくほぐれてきた。 冷たい水面から、めらめらと炎が沸き立ち、その熱さが全身にくまなく駆けめぐっていく。 その異様な二人の雰囲気は、静かながらも、見るものによっては相当の恐怖を与えることだろう。 例えば、このように。 「うわぁ……嫌すぎる……。男が男からセクハラ行為をされてますって通報、ありなのかな……? ねぇ鈴、ぼくどうすれば――……って、ひゃっ!?」 長い髪とスカートを揺らして、理樹が後ろに飛び退く。 そう、それは、この二人の姿と目つきを見た者には――当然の反応だ。 友のために。友と自らの無念を晴らすために。佐々美と鈴は、緩慢な動きで、ゆらゆらとターゲットに近づいていく。 「はっはっはっは! そんな罵倒も今はむしろ心地がよいぞ! いぇ――――いっ! 理樹ちゃん最高ぉ―――――――っ! いやっほぉ――――――いっ!」 愛がないならば、友情の力を糧にしましょう。 佐々美は今こそ、友情の戦士になりましょう。 倒すべき敵がいます。目の前にいます。 体勢を傾け、足に力を込め、けれども焦らず、あくまで完璧に、一点を打ちましょう。 『結局……』 お互いに声を合わせ、二人で最高の全力を出せるように、ゆらりと地に沈み、足を構える。 「はっはっはっは! ――ん……?」 今ごろ背後の殺気に気づいたのか、馬鹿謙吾がゆっくりと後ろに振り返る。 だが、もう遅い。 佐々美は、ある言葉を頭にリフレインさせつつ、その足を、振り切った。 『結局、おまえが全部悪いん(だろ)ですわよ――――――――――っっ!』 さようなら、私のイメージ。 佐々美は、今までずっと抱いていた夢と幻想に、心の涙を流しながら、別れを告げた。 けんごを やっつけた! えたもの : 親友一名、これからの部活動お迎え権 うしなったもの : 「宮沢様」というワード、夢、幻想、イメージ、プライド、無垢な心、エトセトラエトセトラ…… ささみは 10000 の けいけんちを えた! ささみは またひとつ おとなに なった! |
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