「ああ、謙吾! すごいよ謙吾!!」

「ふははは! どうだ理樹! この俺メイドによる手製ヨットは。リモコン操作で推進、旋回、見事なものだろう? 恭介のヤツがみたら泣いて悔しがる様子が目に浮かぶようだっ!!」

 広い浴槽を1mほどの模型ヨットが、ヴヴヴヴッと駆動音を吐き出しながら右へ左へ走りまわっている。リモコン操作している謙吾は、タオルを腰に巻いただけの姿で、子供のようにはしゃいでは歓声を上げている。

「いいなぁ、これ。帆とかロープまできっちり実物を再現してるから、凄く見栄えがするよね。……まぁでも、こんな繊細な物を恭介や真人が触れようものなら、すぐに壊しそうだし。しばらくはあの2人には話さない方が賢明かな」

 物欲しそうな瞳でヨットを追う理樹の言葉に、謙吾の顔が険しくなった。

「理樹……“しばらく”じゃない。いいか、絶対話すな。昔からそうだったが、あいつらは何事においても大雑把過ぎる。子供の頃、俺がなけなしの小遣いでミニ四駆を買って自慢したときも……。……うっ、うっ……! 俺の、俺のエバンテス改カスタム・マークVっ……!」

「謙吾、泣かないでよ……気持ちは良く分かったからさ」

「いいや、分ってない! 俺はあのとき誓ったんだ。エバンテスの死は無駄にしない。あそこから得た教訓は、トーマスをきっと生かしてくれる。扱いは常に繊細に。波の荒い海や、急流の川なんてもってのほかっ! 異常があればいつでも回収可能で、なおかつ充分な遊びができる広いスペース。……理樹…俺はな、この銭湯に出会うことがなければ、きっとトーマスを飼い殺しにしていたことだろうな―――っていつも思うんだ。以前は酷いもんだったよ……。部屋に飾られて、空回りするだけのモーター。時には寮の風呂に浮かばせることはあっても、数十cm動かせば浴槽の壁にぶつかるような……そんな惨めな待遇しか、俺はこいつに与えてやることが出来なかったんだ」

「謙吾……」

「俺はもう、トーマスにあんな飼い殺しの人生だけは送らせたくないのさ。大海原を走らせてやることは出来ないかもしれんが……トーマスは海の男だ。最期くらい、水の上で死なせてやる環境くらいは整えてやりたい。それがこいつにしてやれる、俺のたった1つのことだからなっ」

 へへっと鼻をこする謙吾に、心底感心した様子の理樹は照れたようにソッポを向いた。少し、涙ぐんでいたのかもしれない。理樹は顔をやや上方にして目頭を押さえようとしたところ―――壁の上で顔だけを覗かせた笹瀬川佐々美と偶然、目が合った。

「……………」

「……………」

 唖然としていた。よく分らないが、何故か佐々美は唖然としていた。
 理樹としては、どうしてあんな場所に笹瀬川佐々美がいて、何で男子浴場を覗いているのだろうという事実の方が唖然とする出来事であるのだが、その顔があまりにも険しいものだったので、無視することも出来ず、ついつい声を掛けてしまう。

「え〜と、その……笹瀬川さん?」

「…………」

「笹瀬川さ〜ん?」

「…………は……」

「はい?」

「ぐちょぐちょのラヴラヴなBL展開はどこですかっ!?」

「いや、意味が分らないから」

 意味不明な逆切れをした笹瀬川は、理樹のツッコミを無視して、そのまま壁を跨いで男子浴場に降り立つと、タオル1枚の姿でつかつかと歩み寄ってくる。

「えっ!? やっ、きゃっ!?」

「さ、笹瀬川……?」

 ちなみに悲鳴を上げたのは理樹である。両手で自分の乳首を隠す仕草の理樹がどこまで本気なのかは定かでないが、あられもない姿に絶句する2人を前に、ガイナ立ちの佐々美から、叱責ついでに滔々たるBL論が駄々漏れられた。


 * * *



 来ヶ谷唯湖もかくやという壊れっぷりに、危機感を抱いた2人は、すぐさま番台に座っていたおばあちゃんと共に笹瀬川を説得するが、それに逆上した笹瀬川は「タオル1枚で何が悪い!?」と聞き入れることはなかったという。
 その後、意識を取り戻した来ヶ谷、西園、小毬を配しての総力戦において、保護シートにくるまれた笹瀬川がようやく御用となるも、事件は一夜にして知人の知るところとなり、「笹瀬川メンバー」との呼称で、ある種の伝説を作る事となった。
 以上のひと悶着の際に、宮沢謙吾の手製ヨットが暴れる笹瀬川に足蹴にされ、修復不可能なまでの損害を被る事となったことも、その後の事件の経緯に大きな影響を及ぼすこととなる。茫然自失でしばらく立ち直れずにいた謙吾は、正気に戻った笹瀬川を避けるようになったことで、意図せずして笹瀬川は謙吾に嫌われてしまったことを悟ったらしい。

「もう、私には……コレしか残されていないのですわね……」

 寂しそうに、そう呟く少女の手には、まんこ☆ろりん氏による新刊「俺のペット」が握られていたという。
 これが後のBL同人業界を支えることとなる、流星四姉妹の末娘『さしすせ☆ソルト』誕生秘話のあらましである。







 おわれ


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