曇りガラスを抜けると、タイル貼りの床が鈍い光を反射している。
 営業時刻終了間際のこの時刻。客が居ないのが常とはいえ、今日もそうであるとは限らないのだ。

「剣豪……僕、やっぱり無理だよ」

 華奢な自身の裸体を抱かかえて、尚江リクは震えていた。
 今から自分たちがやろうとしていることへの怯えと戸惑い。そして、ミドルバスターズでの出会いから、ほんのひと月前まで親友と思っていた宮沢剣豪の―――今では人が変わってしまったかのような豹変振りへの恐怖。それが尚江リクを小動物のように震えさせている。
 嗜虐心に沸き立った剣豪は、そんなリクの折れそうな肩を跡が残るほどきつく握ると、顔を歪ませているリクの頬をゆっくりと舐め取った。

「約束―――忘れたわけじゃないだろう、リク? お前は俺のペットだ。俺の言うことは黙って聞いていればそれでいい。だが、どうしても嫌というのなら、それならそれで構わない。好きにすればいいさ。……まぁ、そうなった時に困るのはお前だろうがな。お前の恋人の夏目燐。俺たちの関係を知ったら、どう思うんだろうな」

 厚い胸板がリクの背中に押し付けられ、それと同時に尻部に硬い物が擦り付けられているのが分る。「あっ」と短い悲鳴のようなものを上げながら、けれどリクはそれを拒むことなく、ふるふると震えながら黙って受け入れている。

「ずるいよ、剣豪……。君は僕が拒めないって知っているからこそ、そんなことをするんだよね」

「剣豪はやめろ。リク、これからは俺のことを『ご主人様』と呼ぶんだ」



 * * *



「―――という感じで、始めは洗い場で剣豪の背中をリクに流させて、いきり立つブツを洗おうとしながらも羞恥で真っ赤に震えて、1度は拒否するリク。けれどもそれは剣豪の脅しで、イヤイヤながら全身をくまなく洗っていくという羞恥プレイの一環なんです」

 西園の叙述に聴き入る来ヶ谷と小毬から、だいぶ離れた浴場の隅で、肩まで浸かった佐々美は背中を向け「破廉恥ですわ! 最低ですわ!」と念仏のように唱えている。ただし、意識はしっかりと西園の話に聞き耳を立てており、真っ赤に茹で上がった顔は、明らかに熱湯とは別な要因から来ているようだ。

「ふむ、むっつり助平の自己防衛発言というのもなかなか小気味良いものだな。正論で防壁を施してはいるものの、つついてやると面白いくらい過剰な反応で私の嗜虐心を悦ばせてくれる。これはだいぶ、食い扶持がありそうだ」

「来ヶ谷さん、あまり苛めてはダメですよ? 壁を崩すのは容易ですが、その瞬間が一番美味しいところですからね。まずは軽く撫でるように。しばらくしてから城壁のレンガをこれ見よがしにひとつひとつ取り外してあげて、うろたえる笹瀬川さんの様子をじっくり観察するのがベストかと」

「私は一気にガラガラ〜!って突き破りたいなぁ〜。多分、物凄くショックな顔をするだろうけれど、その後の壊れちゃった女の子の表情とかって……凄いソソられない?」

「……まんこ☆ろりん。たまに君はどうしようもなく酷いことをさらっと言うな」

「ええ〜、そうかなぁ?」

「私としてはそちらも同様に見てみたい気もしますが……」

 侃々諤々の話の合間にちらりと佐々美の様子を盗み見た3人は、身の危険を感じた彼女が浴槽をそろそろと移動しているのを発見する。逃げ出そうという魂胆なのだろうが、そうは問屋が何とやら。浅い湯船に沈み込んだ来ヶ谷は潜水水泳で音もなく笹瀬川に近づくと、浮上と共にがっぷりと佐々美の四肢に絡み付いていた。

「どこへ逃げようというのかな子猫ちゃん?」

「あ、あんな話をされて逃げない方がどうかしてますわ!! とにかく、放しなさ―――ひぅぅっん!? ちょっ、ど、どこを触っているんですの!?」

「いや、小ぶりながら、なかなかの美乳と感心していたら、ついつい指が」

 身体に巻いたタオルの隙間についつい腕を差し込んだ来ヶ谷は、ついつい持ち前の技巧でもって撫で回してみると、笹瀬川の咽喉元から感に堪えたような震えが、押し殺しながらも伝わっていくのが分かる。

「なっ……に…を……考えているのですか貴女……っは……!」

「一応、公言はしているつもりなんだが。私は理樹君みたいな男の子も好きだが、可愛い女の子も大好きな性分なんだよ。……特に、笹瀬川君のような恥じらいをもつ娘を見ると、どうしたわけか私の嗜虐心が疼いてしょうがない」

 そういって抵抗する佐々美を羽交い絞めにした来ヶ谷は、眼前に据えられた白いうなじに唇を押し当てた。その柔肌に、時にはそっと歯を立て、時にはワザとらしく粘膜を絡めたキスを響かせて、佐々美が声を上げずにいつまで耐えるのか、頬張りながらも猛禽の目だけは観察を続けている。

「やっ……! ……やめっ………っ……。……ぁっ…………ん……んんっ……!」

 艶のある声に気を良くした来ヶ谷は、首筋を舐め伝い、到着した耳たぶを嬲るように甘噛みすると、不意に笹瀬川の身体がびくんっと1度大きく跳ねた。1拍置いて2、3度、小波が笹瀬川の全身を巡ると、“くたった”裸体だけが来ヶ谷の手の内で蕩けている。

「……君は可愛いな。これほど初心で敏感だと、仕込み甲斐がありすぎて……お姉さん、もっと意地悪したくなっちゃうじゃないか」

 そんな囁きも、陶然としている佐々美の耳には届かない。
 しばらくして我に返った佐々美は、半泣きの表情で来ヶ谷の束縛から逃れると、湯船の隅で周囲を威嚇し始めた。全身の毛を逆立てた子猫のようで、戯れに解放したことを来ヶ谷は「失敗だったかな」と苦笑する。

「ゆいちゃん、本来の趣旨を忘れてそういう摘まみ食いは「めっ!」だよ」

「ふんっ、神北女史に釘を刺されずとも、ここに来た趣旨はしっかり憶えているとも。それに味見とはいえ、調教するのが目的ならこんな半端な仕事はしないさ。まぁ……正直なことを言えば、あまりに素直すぎる身体だったもので、ちょっとお姉さんとしても驚いてしまったことは否定しない」

「BL話で、だいぶ溜まっていたんでしょうね……」

 労りと取るべきなのか、なかなかに判断が難しい、優しい言葉を佐々美に掛けた西園は―――突如、顔を上げて「静かに……!」と人差し指を唇に当てた。何事かと首を傾げていた来ヶ谷、小毬、そしてやや警戒心の強くなった笹瀬川も、ともあれ口をつぐんで耳をそばだてている。すると、男子浴場とこちら側を隔てている壁の向こうから、くぐもった男子の声が響いていることに気づき、全員がはっとした。

「ねえ、謙吾……大丈夫なの? こんなことしてるって番台さんに見つかったら……」

「心配するな理樹。俺に全て任せておけば問題ない。だから……そう、いつも通り、ゆっくり、ゆっくりだ。おっ……巧いぞ……いい感じだ…!」

「ちょっと、謙吾……! だめ! だめだって! 危ないから! そっと、そ〜っと入れてよね。あんまり手荒に扱うと……壊れちゃうっ……!」

「おおおおおおおっ!? おっおっおっおっ……マーーーーーーンっ!!!」

 その後も続く理樹と謙吾と思しき何やら怪しげな会話に、4人は緊迫した面持ちで目配せを交わす。

「け、け、け、けけけけけ謙吾さまっ!?」

「これは……もしやというか、もう……」

 息を呑む西園に来ヶ谷は断定する。

「うむ、菊門にズブリッだな」

「おじさん臭いよぅ、ゆいちゃん。せめてズッコンバッコン程度にしないと」

「いやいや、それもどうかと私は思うぞ?」

 50歩100歩の表現技法はさておき、こうなってしまったからには彼女らのやることは1つしかなかった。

「のぞきですか」

「のぞきだな」

「のぞきだよねぇ〜」

「何でですか!?」

 1人だけ異を唱えた佐々美は、3人に食ってかかろうとするものの、

「ばか者!! 銭湯回といったら覗きは基本だろう!! 裸体の異性がそこにいるという壁越しの緊張感! きゃっきゃと響き渡る淫靡な嬌声!! 妄想ではなく、現実にそこにあるリアルを喝目せずして何が人生の至福か!! そんな不甲斐なさで貴様は読者に申し訳ないと思わないのか!? それがEXのエロ解禁でヒロイン昇格したキャラの言う台詞か!! 嗚呼っ、嘆かわしい!!」

「嘆かわしくて結構っ。そのような破廉恥なこと、低俗な輩のする所業以外の何者でもございません! わたくしは覗きなんて絶対にしませんから!」

 男泣きに暮れる来ヶ谷にキッパリと辞退を表明する笹瀬川は、そのまま3人から距離をとった。同類の輪に分類されることを嫌っての浴槽内の移動ですら、顎をそらして居丈高を気取っている。それを物珍しそうな顔で観察していた小毬は、不思議そうに呟いた。

「そっか。じゃあ、さーちゃんは見ないんだ―――謙吾君の裸」

 その一言で、笹瀬川の行軍がぴたりとやんだ。
 遅れること数秒。「ほ、ほほほほほ」と無機質な笑い声を吐き出すことで移動を再開するものの、何気なさを装おうとする間接部位は油が切れたようにギコギコと変な音を立てている。

「笹瀬川さん。人間、素直が一番ですよ」

 そんな笹瀬川の肩に手を置き、ポツリと洩らす西園の勧誘は悪魔の囁きそのものだ。振り払うことも出来ず、懊悩する心を見透かしたのか、西園の穿った間隙を糸口に、小毬と来ヶ谷は口々に説得を試みる。

「さーちゃん、よ〜っく考えて。こんなタイミング、人生で1度か2度―――あるかないかのイベントなんだよ?」

「なぁ、ここにいる誰もが覗きを不純なものだと頭ではわかっているんだ。……だが、人とは弱い生き物なのだよ、笹瀬川君。愛しの君とのイケナイ妄想に胸を膨らませてしまう過ちは誰にだってあるように、どう考えても覗いて下さいといわんばかりの理樹君と謙吾少年のやりとり。そして容易によじ登れそうな壁と、向こう側を覗き込めるあの作り―――これは必然なんだ。バナナが吊り下げられた部屋で、棒と踏み台があればやることは1つ。そうだろう?」

 イベントとしての希少性。生物としての本能と欲望。不純な動機をよくもまぁという風に、妙に理詰めされた力説が、永谷園のお茶漬けのように笹瀬川の良心に降り注ぐ。ぱらぱら。
 そこに至っても尚、佐々美の自制心は「ですが……」という拒否を表明していたが、先ほど来ヶ谷を突っ撥ねた雄雄しさは微塵もない。女々しくもジットリと濡れた素足の先を、ぽんとっとばかりに押してやれば、すぐにでも倒れこんでしまいそうなほどグラついている。
 その姿に、来ヶ谷は『押す』ことを止めた。
 変わって出てきたのは、妙にしんみりとした猫なで声だ。

「……なぁ、笹瀬川君。野暮だろうと思って今まで口にしなかったが、謙吾少年は君に好意を寄せているんじゃないかと、私はずっと前から思っていたんだ」

「……え?」

 意表を突かれた様子の笹瀬川に、来ヶ谷は機の逃さず捲くし立てる。

「わかるか。あの会話は“フリ”なんだ。向こうは我々の存在に気づいているんだよ。ああやってこちらの気を引いて、生まれたばかりの己の姿を見せようというオスの発情行為の一環なんだ。野鳥ユガミ・ネエナも、発情期になるとオス同士で奇声を上げて交尾の真似事をしては、やってきたメスに生理的な発情を促すという自然界のシステムがあるだろう? その事例に則れば、君がここで覗いてやらなければ、それはつまり振られたと解釈されてしまうのだぞ? するとどうなる。振られたオス同士が発情行為に及んでしまうという、かの野鳥を倣うのなら、君に振られたショックで謙吾少年が目の前の理樹君に襲い掛からないと誰が言えるだろう。いや、ない(反語)。私が謙吾少年なら、まず確実に理樹君を喰う。それを考えれば、結末は明白じゃないか。だから、笹瀬川君―――道を間違えて手遅れになる前に、謙吾少年の愛を受け止めてやってはくれないだろうか。彼の告白に応えてやれるのは、ただ1人、君だけなんだ。……だから覗こう! 我々と共に……!」

 懸命の訴状を並べ立てたことで、ようやく佐々美も事態を正確に曲解したらしい。目に見えてピリリとした緊張感が佐々美に漂ったかと思うと、男女の間を裂いている3m程の山の頂を仰ぎ、その彼方先の桃源郷まで視野に入れた瞳が、西園たちと同じように腐っていくのが見て取れた。

「……来ヶ谷さん。わたくし、今まであなたの事を誤解していたのかもしれませんわね」

 ぽつりと呟いた佐々美の声にはもう、刺々しさはない。感極まったように来ヶ谷が、小毬が、そして西園が互いの手を取り合っていた。

「分ってくれたか、笹瀬川君っ!」

「理由は違えど、やることは皆同じだよっ!」

「行きましょう。我々の未来の為にっ!!」

 それに応える様に、ぐっ…と3人の手を握り締めると、笹瀬川佐々美はにっこりと微笑んだ。







「っんな話で誰が改宗しますかっ!! こっん……の、キ○ガイどもがぁあああああああああああ!!!!!!!!」







 血管を浮き立たせ、ぷっつんした佐々美は3人を蹴り上げた。蹴られた箇所は様々とはいえ、綺麗な放物線を描いたことに関しては共通だ。
 そして、頭から浴槽に落下した小毬と西園とは幸いだろう。1人、来ヶ谷だけは銭湯の端にまとめられた湯桶の山に突っ込んで、無残な姿で身動き1つせず、全裸で倒れている。『乙女』や『淑女』という言葉が逃げ出すような惨状を前に、肩で息をしていた佐々美は、汚物を消毒し終えたことにわずかばかりの満足を得ていた。

「ふうっ……ふっ……。初めからこうしていれば良かったのですわね……」

 気絶している3人を確認して、精神的に疲弊しきった佐々美は、この連中と付き合うのはもうコリゴリとばかりに脱衣場へ体を引き摺っていく。
 とっとと帰って、今日のことは忘れよう。こういうのは人災と思うから腹が立つのであって、自然災害や天災の類と諦めれば、少しは諦めも付くというものである。それに、謙吾の通う銭湯が分っただけでも、佐々美にとってはそれほど悪いことばかりとはいえない。年頃の少女が考える程度の、偶然を装ってそれなりの進展をみせるモモーイ妄想がこの時の佐々美に無かったといえば嘘である。

「ほほほ……次は、1人のときにでも来ようかしら」

 などと照れ隠しの高飛車笑いしていると、

「ああっ………ケンゴー、ケンゴーっ!!」

「リキっ、リキ〜っ!!」

 公園を全裸で暴れまわった某人気アイドルのような叫び声が聞こえてくる。
 言うまでもなく理樹と謙吾だ。聴覚として謙吾の存在を感じた笹瀬川佐々美は、脱衣場へ向かっていた我が身を、男子と女子浴場の境界として佇む高さ3mの壁の傍へ、音もなく瞬間的に移動させていた。
 この意思決定の迅速さは通常の笹瀬川ではありえない。いわばそれは、他の3人が事切れたことによって明るみとなった、ムッツリスケベな笹瀬川の本性だ。謙吾を密かに慕う『夢見る乙女』などと書けば聞こえはいいが、行動の根っコにあるものは、先ほどの来ヶ谷たちが行おうとした覗き行為以外の何物でもない。
 「それにしても」と佐々美は思う。女子浴場で阿鼻叫喚の悲劇が起こっていたというのに、男子浴場の方ではまるで意に介した様子もない発奮した声が断続的に続いている。こちらの雑音など2人の耳には入らないほどの、何かとんでもないナニとかアレとかをやらかしているのだろうかと、佐々美はドキがムネムネして気が気でならない。他の可能性がいくらでも浮かびそうなものだが、3馬鹿によるBL妄想を吹き込まれ続けた弊害が、既にそれ以外の展開をシャットアウトしており、脳内ドーパミンは高水準で分泌を続けた結果、ある種のハイな状態へと佐々美を移行させつつあった。
 3人は未だ夢の中。番台のおばあちゃんも中の異常には気づいていないのか、入り口はひっそりとしたものだ。
 ごくりと咽喉が鳴る。つまり、この場で佐々美が覗きをしようとも、咎めるものは誰もいなければ、冷やかしたり、自分の本性がばれる事もない。

 覗ける

 覗けるのだ

 心臓の鼓動が一気に加速する。ここをよじ登れば異性の裸体を拝めるという胸のトキメキに、笹瀬川の呼吸は徐々にだが乱れていた。妄想は全開。脳内の理樹と謙吾は、描写不可能なハードプレイをこなして絶頂の喘ぎを洩らしている。

「ほ……おほほほっほほほほ………、ほっほっほっほ……!」

 荒い息をして、理性が少しずつ削れつつある佐々美は、けしからんチチを曝け出した来ヶ谷が倒れている場所に、飛散した桶と木椅子を発見する。手にしてみると、つくりは簡素ながら木製だけあってかなり丈夫そうだ。都合のいいことに平坦な形をしているので2、3段重ねて足場を形成すれば、佐々美の身長なら、壁の上端を掴むこともそう難しいことではないだろう。
 ならば膳は急げとばかりに、なるべく丁寧に並べて、すぐに崩れないようにと設置した3段重ねの足場を佐々美はそろそろと上る。
 多少グラつくものの、それほど不安定ということはない。背伸びして壁に手を伸ばすと、あとわずかのところで縁に届かない程度だ。バランスを崩さないように腰を沈めた佐々美は、軽くジャンプしようとして、あることに気づく。
 死んだはずの来ヶ谷がいない。
 慌てて振り返ると、瀕死のためか、ぷるぷると身体を震わせている来ヶ谷が、タオルを巻いただけの佐々美の背後……というか、ほぼ真下に陣取り、ローアングルからの絶景に鼻血を吹きながら目を細めていた。

「ふふふっ……この来ヶ谷唯湖の人生に……一片の悔い無しっ……! ぐはぁっ!?」

 ぽんっと後ろに飛んだ佐々美は、そのまま来ヶ谷の顔を丹念に踏み潰した。轟沈する瞬間まで、むしろ嬉しそうな顔をしていたのは癪だが、この際、仕方がなしと諦める。

「一番重症の癖に、気配を消して動き回るなんて、ゴキブリ並みのしぶとさですわね……。ですがまぁ、これで邪魔者は全て消えましたことですし……」

 気を取り直して、足場から軽くジャンプした佐々美の手が壁の縁を掴む。このとき既に、笹瀬川佐々美の中で何かが壊れてしまっていたのだろうが、ともあれ、日頃からの鍛錬が幸いして、懸垂の要領で身体を持ち上げると、そのまま笹瀬川佐々美は桃源郷を思う様―――見下ろした。



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