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 もし許されるならば、今すぐここから逃げ出したい。
 雄二は半ば真剣にそんな事を考えていた。
 目の前には長瀬と来栖川――向坂と道は違えども共に古くからこの街を支えてきた旧家――の次代を担う若者達が一同に会している。
 ただそれだけならば全く持って構わない。
 だが今この場に居るのは、己の姉を含めて独特の雰囲気を持つ人間ばかりなのだ。
 元々旧家のしきたりや、社交場を毛嫌いしていた彼にとって、こういった空気は非常に苦手な部類に入る。
 己が姉はというと、九条院での経験が活きているのか場には慣れたもので、既に来栖川の令嬢たちと穏やかな会話を楽しんでいる。
 さてどうしようかと悩んでいると、いつの間にか雄二の隣に1人の女性が立っていた。
 見覚えがある。確かこの人は―――

「長瀬……楓、さん……その、お久しぶりです」
「……!あ、え、えと、お久しぶりです……ゆ、雄二……さん」

 いきなり声を掛けられたのに驚いたのか、楓は一瞬ビクッと体を強張らせたが、雄二の表情を見て安心したように返事を返した。

「えっと……お、お元気でしたか?」
「それなりには。楓さんはどうです?」
「あ、あの……わ、私もです」
「…………」
「…………」

 雄二はこの楓という少女が苦手だった。
 顔立ちは嫌いではない。いや、どちらかというと好みの部類に入る。
 世間一般的には十二分に美少女と言われて問題ないレベルにあるとも思っている。
 唯一外見上で雄二の好みにそぐわない点と言えば、女性特有の部分にボリュームが足りない、といった部分ぐらいであろうか。
 だが楓はかなりの恥ずかしがりやで、特に異性に対してはスムーズに話す事もままならないという弱点があった。
 そのため過去に何度か会った時も、何とか会話を続けようとはしてみたのだがままならず、気まずい雰囲気になるのが常だった。
 今回も多分に漏れず会話が止まってしまい、どうしようかと思案していると、唐突に後ろから声を掛けられる。

「おや、楓が珍しく男性と話していると思えば、雄二クンじゃないか」
「その話し方……和寿さん。これまたお久しぶりです」
「確かに久しぶりだね。最後に会ったのは確かボクが九条に行く前だったから……もう6年も前になるのか」
「……そうっすね」

 助かったと思ったのも束の間、声を掛けてきたのは雄二にとって楓に勝るとも劣らぬ苦手な存在、長瀬和寿だった。
 楓の兄で、妹とはうって変わって社交的な性格の和寿は、一見誰にでも好かれそうな面持ちをしている。
 事実雄二も、彼が持つたった一つの弱点にのみ目を瞑れば今この場に居る面子の中では圧倒的に付き合い易い相手となるであろう。
 いや、弱点というのは正確ではないかもしれない。
 それというのも、雄二が受け入れられない彼の唯一の欠点というのが、

「ところで、環クンにはもう彼氏は出来たのかな?まさか出来てはいないよね?」

 そう。
 長瀬和寿はそれこそ知り合った当時から雄二の姉である向坂環に首ったけなのである。

「……相変わらずなんすね。ていうかそういうのは本人に聞いてくださいよ」
「はっはっは。情報というものは多方面から集めた方が信憑性が増すものじゃないか。で、どうなんだい?」

 からから、という擬音が似合いそうな程あっさりと雄二の言葉を笑い飛ばすと、和寿はずい、と雄二に顔を寄せて囁いた。

「どうも何も……ずっと九条院に居たんだから出来てるわけ無いでしょう」
「おや、4月から環クンは実家に戻ってキミと同じ学校に通っていると聞いたんだが。そちらでは何もなかったのかい?」

 ほうらきた、と雄二は思わず心の中でひとりごちる。
 身内としての目を差し引いても、和寿の環に対する執着というものは一種異常な部分がある、と雄二は感じていた。
 ともすれば『恋心』というよりはただの『独占欲』に取られかねない(というよりはむしろそちらの方がしっくりくる)程の執着振りは、傍から見ていても
気持ちのいいモノではない。
 それに加えて、環本人の気持ちというものもある。。
 環は幼い頃、雄二共々の幼馴染である河野貴明に好意を抱いていた。
 それは九条院に預けられてからも変わって居らず、ただひたすらにこちらに戻って貴明と添い遂げる事を糧にしていたという。
 雄二は決して口にこそしないが、環の事を密かに応援していた。
 色恋沙汰とはとかく本人の気持ちが重要だ、というのが彼の信条であるからだ。
 尤も、当の相手は環ではなく別に好きな人(という表現にも疑問は残るのだが)が出来てしまった為、現在は何もしようがない。

「……別に、何もないですよ」
「ふむ、まぁそこまで言うならそうなのだろうな。よしよし」

 何がよしよしか、と雄二は口の中でごちる。
 改めて雄二は長瀬和寿という人間が苦手だという事を認識した。
 こういう場合は逃げるが勝ちと相場が決まっている。
 少なくとも和寿と楓の苦手兄妹を相手にするよりは姉と共に来栖川姉妹と歓談する方がマシというものだろう。
 そう判断した直後、再び和寿が話しかけてきた。

「そうだ雄二クン。丁度いいからキミに紹介しておこう」
「は?紹介?」
「そう。ボクと楓の従姉妹にあたる子でね。社交場に慣れさせる意味も含めて今回の集まりに呼んだんだ。おーい!」

 言うなり和寿は後ろを向いて誰かに合図を送る。
 その相手は、和寿に気付くと静かに、だが素早くこちらへと歩いてくる。

「……何か?」
「あぁ、丁度いいからキミに紹介しておこうと思ってね。こちらは向坂雄二クン。この辺りでは名の知れた向坂家の長男だ」
「向坂……?」

 少女が雄二の方に振り向く。
 何処かで観た顔だ、というのが雄二の第一印象だった。
 しかし何処で見たのかが思い出せない。
 片や相手の少女はというと、雄二を見て一瞬体を強張らせていた……が、すぐに取り直すと抑揚の無い声で「よろしく」と囁いた。

「雄二クン、こちらは長瀬由真クン。先ほども言ったようにボクと楓の従姉妹にあたる。キミにはダニエル氏の娘と言った方が解り易いかな?」
「ダニエルさんの……ん、由真……?」

 やはり何処かで聞き覚えがある。
 向坂雄二という人間はこと女性に関しては異常な記憶力を誇ると自負している。
 尤も、それが未だ役立った事は一度も無いのだがそれはさておき、パッと見では由真という名の女性は間違いなくかわいい部類に入る。
 この場が名士の集う社交場だという点を考慮しても十二分に雄二の採点基準では合格点と言えるだろう。
 こんなレベルの女性に見覚えがあると思うのであればそれは間違いではない。
 やはりこの由真という女性とは何処かで出逢っているのだ、と考える。
 では一体何処で出逢っていたのか。
 まだ成人もしていない身の上では自分の行動半径は限りなく狭くなる。
 向坂家の親族会議、今回のような名士の集い、自己の行動範囲を追加するのであれば自宅、ゲームセンター、カラオケ、学校……

 ――学校?

 パチッと。
 その単語だけで頭の中のパズルが組みあがった。

「? どうかしたのかい?」
「いえ、なんでもないです。初めまして……えぇっと、由真さんでいいのかな?これからよろしく」
「!」

 初めまして、という単語に解りやすすぎるほどの反応を見せる。
 彼女の瞳にはどうして?という疑問の色が浮かんでいたが、雄二は敢えてそれには答えず、由真に一礼した。

「……その呼び方で結構です」
「おやおや、最初から名前で呼んでしまうとは雄二クンは随分なプレイボーイに育ったんだね」

 認めなくは無いがアンタには言われたくない、と再び口の中でごちる。

「まだ話していたいのは山々なのだが、まだ由真クンを来栖川のお嬢様達にも紹介しなくてはならないのでね。すまないがこれで一旦失礼するよ」
「わかりました」

 言うが早いか和寿は雄二の返事も聞かずに踵を返す。
 都合のいい部分以外は人の話を聞かないところもやっぱり相変わらずなのか、と雄二は小さく愚痴をこぼす。

「ちょっと、アンタ」
「うおっ」

 と、和寿についていったと思われた由真が、いつの間にか目の前に来て他に聞こえないような声で囁いてきた。
 表情には明らかな戸惑いの色が見える。

「なんで初めましてとか言ったのよ」
「なんでって……そりゃお前さんの胸に聞けよ」
「え……?」
「由真クン?行くよ!」

 雄二の返答が予想外だったのか、由真は呆気に取られたまま和寿の方へと向き直り、そのまま今度こそ和寿の元へと向かった。
 それを見届けて、今度こそ深い溜息を吐く。

「…………あの」
「っ?!」

 再び耳元に聞こえてくる声に思わず過敏に反応してしまう。
 驚いて声のした方を振り向くとそこには今度は楓が立っていた。
 しかし雄二の反応に驚いたのか目がなんとなく怯えているように見える。

「あ……えと……す、すいません……」
「あ、いや、俺の方こそ。今のはちょっと驚いただけですから、お気になさらず」

 悪いのは自分のほうだという事を重ねて強調すると、楓はようやく怯えた表情を消してくれた。

「で、えーと、何かお話でも?」
「あ……その……」

 話しかけてきたのは楓の方からだ。
 つまり何か話したい事があるのだろうと考えたのだが、的外れだったのだろうか?

「ひ、久しぶりにお会い出来たのに、こんな場ではゆっくりとお話も出来なさそうで、その……」
「え、えぇ……そうですね」
「………………」
「………………」

 そこまでで一旦言葉が途切れる。
 雄二はどうしようかと一瞬迷ったが、楓がせっかく自身から話しかけてきてくれたのだから、と自分で続きを話してくれるのを待つことにした。
 楓はしばしの間逡巡していたが、やがて決心をつけたのか強い眼光と共に顔をあげる。
 その表情から読み取れる意思の強さに、一瞬雄二は気圧される。
 次の瞬間、楓の口から飛び出たのはとんでもない台詞だった。



「こ、今度……改めて雄二さんのお宅に伺ってもよろしいでしょうか!」




《後書き》 半年振りの更新でありますほんとごめんなさいorz けれど一番のネックだった部分がようやく書けたのでこれからは速度あがります。大丈夫です。……多分(ぇ こんな難産は久しぶりでしたorz ちなみに長瀬家の系譜に関してはオフィシャルで居たらごめんなさいということで……。 ご感想、ご意見などあればお待ちしています 脱稿 2005/12/12 UP 2005/12/12 拍手ボタンです。何か思うところありましたらポチっとどうぞ。 次の話へ 前の話へ 戻る