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 「……うーむ」

 放課後の屋上。
 6月の暑い日射しから逃れるように日陰に座り込んだ雄二は、やや神妙な面持ちで考え事をしていた。

 「まさか楓さんがあんな事を言ってくるとはなぁ……」

 先ほどから雄二の脳裏で蘇って来る出来事に再び思いを馳せる。
 修学旅行から帰ってきた日の夜、父親からの特連によって出席させられたパーティでの出来事。
 長瀬源四郎の提案の元に集められた来栖川、長瀬、向坂の子供達の顔合わせと、その場で源四郎の孫である楓からの申し出――



 『こ、今度……改めて雄二さんのお宅に伺ってもよろしいでしょうか!』



 「……そりゃ、あの子を嫌いなわけじゃないけど」

 今までの経験で苦手意識があるだけで決して嫌いではない。
 それに楓が相手とはいえ、女性の方からのお誘いがあった事は雄二にとって喜ばしい事だった。
 雄二自身名家の嫡男ではあるが、いわゆる名家然とした人間は嫌いだ。
 しかし、楓は長瀬家という名家の嫡子でありながらも、雄二や環とはまた違った形で名家然とした所が無い。
 そんなところもまた雄二にとっては好ましかった。
 名家然としている和寿と楓、どちらかとは仲良くしろ、と言われれば楓と仲良くする方が断然いいと思う。
 そう考えてみると、今回の楓の申し出はむしろ喜ぶべき事のような気がしてくる。
 尤も、だからといって楓を1人の女性として見れるかどうかは別問題ではあるが……。

 「どうしたもんかね……」
 「何がかしら?」
 「んなっ!?」

 雄二が頭を上げると、そこには環の姿があった。
 自分が聞いていた範囲では屋上の扉が開いたような音はしていなかった筈なのに……、と雄二は狼狽する。

 「人が屋上で風に当たってたら何だかブツブツと独り言が聞こえたからね」
 「なんだ、姉貴の方が先に来てたのかよ。……にしても珍しい」
 「珍しくて悪かったわね。私だって物思いに耽りたくなるときぐらいあるわよ」
 「……なるほどね」

 環は珍しく重い空気を纏っていた。
 普段から凛とした態勢を殆ど崩さない彼女がそういった雰囲気で居る事は非常に稀有だ。
 逆に言えば、特定の事柄が関係しない限り環が普段の形態を崩す事はないとも言える。
 そして現在環を悩ませる事のできる数少ない要因といえば、幼馴染である河野貴明に関する事と、もう一つ――

 「やっぱ駄目か、和寿さんは」
 「性格や人間性が、って訳じゃないんだけどね……生理的に、と言った方が正しい気がするわ」
 「まぁわからなくはねぇよ。生理的ってわけじゃねぇが、俺もあの人はなんか苦手だ」
 「とはいえ、いつまでも逃げている訳にはいかないのよね。なんとかしないと……」

 環が本当に凄いのは、こういった一面にあるのだと雄二は思う。
 好きになれそうも無い相手となど、自分なら付き合いを持ち続けたいとは思わない。
 例え将来的に重要な相手だとしても、だ。
 今現在雄二が嫌々ながらも和寿と交流を持ち続けているのは、単純にそこまでして遠ざけたいと思うほどではないからに他ならない。
 しかし、恐らく……いや、ほぼ確実に環は雄二よりも和寿を嫌っている。
 それは、雄二本人が同じくらいに当人を嫌いだったら間違いなく遠ざけるレベルに他ならない。
 それでも環は相手に対して背中を向けることを良しとしないのだ。

 「すげぇな、姉貴は」
 「な、何よ急に」
 「いや、素直な感想だ。俺にゃとても真似できそうにねぇ」
 「ほ、褒めたって何も出ないわよ?」
 「……珍しく人が素直に褒めてやればそれかい」

 苦笑しながら立ち上がる。
 腕時計を見ると、そろそろ楓が尋ねてくる時間帯にさしかかろうとしていた。

 「まぁいい、とりあえず俺は行くわ。姉貴はどうすんだ?」
 「ちょっと寄りたい所があるから」
 「わーった。んじゃ先帰ってる」

 脇に置いていた鞄を持ち上げて踵を返す。

 ――まぁ、なるようになるよな。

 上ったときよりも少しだけ軽い足取りで、雄二は階段を降りて行った。










 楓が向坂家を訪ねてきたのは、丁度雄二が着替えを終えた頃だった。
 インターホンで相手を確認して玄関に向かう。

 「……あの……こ、こんにちは」
 「…………」

 先日のパーティを除けば、楓に会うのは実に6年振りになる。
 あの時楓はよそ行きの着物を着ていたのだが、今日は一転して清楚な白のワンピースを着ていた。
 おそらくは陽射し対策であろうこれまた白の帽子と相俟って非常に幻想的な雰囲気を醸し出している。
 表情は緊張がありありと見えていたが、今の雄二にそんな事は気にならない。
 6年という月日はここまで人を変えてしまうのだろうか。
 不覚にも――――そう、不覚にも雄二は楓に見惚れてしまっていた。

 「あ、あの……?」
 「あ、いえ、その」

 しどろもどろになりながらなんとか体裁を繕う。
 自分を落ち着かせる意味も含めて深呼吸を一つ。

 「ようこそおいでくださいました。大したおもてなしも出来ませんがどうぞ上がって下さい」
 「あ、は、はい」

 少しばかり大袈裟に振舞って楓にスリッパを差し出す。
 仰々しい振る舞いの意図が伝わったのか楓は安堵したような表情に変わる。
 何とかなったかな、と思いながら雄二は楓を客間へと案内した。



 「………………」
 「………………」

 しかし、客間は静寂が支配していた。
 既に楓を客間に案内してから、長針は90度を雄に上回って動いている。
 テーブルに置かれたほうじ茶は既に湯気を出していない。
 互いに何か言葉を発そうとはするものの、実際に声となっては出てきていなかった。

 ――う〜ん、どうしたもんかなぁ。やっぱ俺が何か話題振るべきなのか?

 元々楓が向坂家に来たのは何かしら用事があったからに違いない。
 それは恐らく、というか間違いなく自分に関係がある、と雄二は思っていた。
 だからこそ、この場は楓が話し始めるのを待たなくてはいけないとも思う。

 ――いや、しかしこの状況が続くのも不味いよなぁ……う〜ん。

 相手が楓ではなく、自分がナンパしてきた相手ならば雄二はこれ程悩まなかったに違いない。
 また、楓が所謂長瀬家の長女でさえなければ、これも対応には悩まなかったに違いない。
 ――と。

 「あ、ああああのっ!!」
 「は、ははははいっ!?」

 突然、楓が大きな声を上げる。
 一瞬自分の世界に入りかけていた雄二は楓の声に驚いてこれまた大きな声で返事を返す。
 傍から見れば如何にも見合いに慣れていない初々しいカップルのようであった。

 「その、ですねっ。本日は、あの、お話がありまして……」
 「は、はい」

 楓は俯いたまま言葉を紡ぐ。
 全身には異常とも思えるほどの力が入っており、これから語られるであろう話がどれだけ重いものかを容易に想像させた。

 「ゆ、雄二さんは、その……好きな方はいらっしゃいますかっ!?」

 直球だった。
 それはもう、これ以上は無いくらいど真ん中のストレートだった。

 「いや、その、居ません……けど」
 「で、でしたらっ!」

 キッ、と楓は顔を上げる。
 羞恥によるものか顔色は真っ赤に染まっていたが、瞳だけはまっすぐに雄二を捉えていた。

 「わ、私と……その、付き合っていただけませんかっ!!」

 ぐい、と身を乗り出すようにして楓は核心を告げた。
 付き合って欲しい。
 誰に? 勿論、雄二にだ。
 雄二とてこの場でそれをボカすほど空気が読めない男ではない。
 相手が本気できている以上、こちらも本気で返す必要があることを彼はわかっていた。

 「えぇと……なんて言ったらいいかな」

 だから、雄二はありのままを話すことにした。
 今雄二が楓に対して抱えている感情、思い、それら全てを赤裸々に語ることにした。

 「まず、楓さんのそのお気持ちは嬉しいです。ありがとうございます」
 「あ……」

 楓の表情が明るくなる。

 「でも、今の俺は楓さんの気持ちに応えることはできません」
 「え……」

 今度は一転して暗い表情になる。
 一言一言でここまで雰囲気が変化するのを見ていると、なんだか申し訳ない。

 「楓さんが……その、俺を好きだと思ってくれてることは嬉しいですし、俺も楓さんを嫌いなわけじゃありません」

 既に楓は最悪の結末を想像したのか、俯いてしまっている。
 もしかしたら既に泣いているのかもしれない。
 しかし、女性が真剣に気持ちを伝えてきたのだから、こちらも真剣に返さなければならない。
 そう考えて、雄二は言葉を続けた。

 「でも、今の俺は楓さんのことを……なんていうのかな、友達のようにしか思えていません」
 「そ、そうですか……」
 「…………」

 そこまでで口を紡ぐ。
 いいのだろうか、この先を言ってしまっても。
 そんな考えが頭を掠めた。
 これから言うことは自分にとって都合がいいことであり、楓のことを何も考えていない発言ではないのか。

 「……だから」

 それでも、自分で全てを言おうと決めたのだから、言うべきだ。

 「だから、返事は保留させてもらってもいいでしょうか」



《後書き》 こちらはもう約3年半ぶりの更新ですねほんとごめんなさいorz 覚えてる人が居るかも解らない中で本当に最悪なところで切る辺り自分の性格の悪さが見え隠れしてると思います。 一応、この先も書いているんですがここで切る方が長さ的にいいかな、と思ってここまでにしました。 しかしこいつ本当に雄二なんだろうか(ぉ 脱稿 2009/05/12 UP 2009/05/12 拍手ボタンです。何か思うところありましたらポチっとどうぞ。 次の話へ 前の話へ 戻る