「紹介します」

「こんにちは〜、まんこ☆ろりんです〜」

「来ヶ谷☆自演乙☆Y湖だ。まんこ☆ろりんとは『ドッキング☆バイブレーション』というサークルでやっている。
今後は懇意にしてくれると嬉しいぞ」

 硬い握手を握りながら笹瀬川佐々美は、西園に紹介された2人のHNを聞いて、しばし固まっていた。
後者は言うまでもなく来ヶ谷唯湖。そして前者―――『まんこ☆ろりん』こと神北小毬は、例の同人誌の件で
さっそく西園から指摘を受けている。

「そういえば小毬さん、虎の穴で新刊を購入しましたが……さすがにアレはまずいのでは?
 マイナー物ならまだしも、『俺犬』は結構有名ですから、すぐにでも2chで祭になりますよ。
店頭では店員コメントつきのポップが貼られて、完全モロバレ、モロ出し、中田氏の公開輪姦学校でした」

「うん、実はもう編集部の人にもばれちゃって、つい先日、怒られちゃったんだ。えへへ〜」

 と、反省の色ゼロの小毬に対して、三角巾の結び目を鼻下で結んだ、アナクロな盗人の格好の来ヶ谷は、
その説得力ゼロの姿で首を振る。

「『えへへ〜』じゃないだろう、馬鹿者が。私の方で巧いこと処理しなかった、契約違反で訴えられていても
おかしくはなかったんだぞ」

「だって、編集部の佐藤さん酷いんだよぅ〜? 私のやりたいことはゼンゼン違うのに、勝手にシナリオ改変したのを
押し付けてきてさ。それをしぶしぶ書いたら、ファンからこんなの違うって文句が殺到してきたのに自分は知らん顔。
全部私達の責任にしちゃったじゃないっ。私のやりたいのは同人の方の内容なのに、何でわかんないんだろうね〜?」

「だから、私はサークルとしての趣味に留めて、商業からは距離を置くべきだといっただろうが。今からでも遅くはないから、
さっさと『俺犬』を完結させて戻ってこい。コマリマックス好みのシナリオは既に何本かストックが出来上がって
いるから、出そうと思えばいつでも行ける」

 それにしぶしぶといった様子で、親指をしゃぶっていた小毬は甘えたような声を出す。

「年末はもう締め切り過ぎちゃったから……じゃあ、夏のメッセでオリジナル新作出してみる?」

「……知人に声を掛けて、巧くいけば合作でひとつ。オリジナルでひとつ。品切れの既刊も刷っておけば、
まぁトントンは行くか……。良くも悪くも知名度は上がっただろうし、新規顧客の開拓も視野に入れておくのも悪くないだろうな」

 天上人の会話を前に、深夜の路傍に立ち竦む笹瀬川佐々美。
 「自分は西園美魚と共に、直枝理樹と宮沢さまを尾行していたのではなかっただろうか」と回想に耽るも、
どうにも要領を得ない。同級生が商業BL作家であったという事実に、ただでさえ頭が混乱していたというのもあるが、
一番の問題はこの寒空の下、一般人と思しき通行人の不躾な視線が今―――この瞬間も佐々美たちを襲っている事に因る。
つまるところ、西園達と無関係を装うだけで、隠れオタクの笹瀬川は手一杯だったのだ。
 字面どおり姦しい嬌声をあげている輪の外で、他人の目を気にしている笹瀬川は、前屈みになってBL話に華を咲かせている
西園美魚に呼びかける。

「西園さん……! 西園さん……っ!!」

「どうしました笹瀬川さん、そんな声を押し殺して。まるで、仕込んできたローターの感度に耐え切れず、
聖水を漏らしてしまったかのような挙動不審ぶりじゃないですか」

「そういう下品な言い回しは止めてくださいましっ! なんでこの2人が居るんですのっ!?」

 そこで考え込む素振りを見せた西園は、しばらくして奇天烈な事をのたまった。

「笹瀬川さん、『俺犬』の粗筋をそらんじる事はできますか?」

「……今度は一体どういった変態プレイでして?」

 唐突な質問に後ずさる笹瀬川に対して、西園は少しばかりムッとした顔になる。

「笹瀬川さん。あんまり馬鹿な事ばかり云っていますと、温厚な私でも流石に怒りますよ?」

「どの口がそういう舐めた発言をする気になったのか、わたくしとしましてはジックリ問い質してみたいところですわね」

 青筋を浮かべて激情を自制している笹瀬川を知ってか知らずか、「ふう……しょうがないですね」と吐息している西園に、
明確な殺意が浮かんでしまう。

「いいですか。『俺犬』は剣道部所属の宮澤剣豪が、ミドルバスターズというグループで知り合った尚枝リクを徐々に
自分のペットとして調教していくお話しです」

「それがこの2人が居る事と、どう関係がありまして?」

「…………本気で言っているようなので、この際ぶっちゃけますが。『俺犬』は商業誌で執筆していた『まんこ☆ろりん』氏が
ネタに困って知人を題材に妄想を膨らませたという経緯がありまして。最新話も今の直枝さんと宮沢さんの不審な
行動をこうして私達がストー……もとい、スネークしたことで得られた知見を活かして物語を構築している次第です、はい」

「ちなみに西園女史も『ド級戦隊☆脱糞才女』というHNで、たまに合作する仲だ。『ドッキング☆バイブレーション』名義の
同人誌でも、西園女史が原案に関わっている物が幾つかあるぞ」

「HNに全員『☆』が付いていることから流星三姉妹、もしくは流れ星シスターズと呼ばれることもある」などと付け添える来ヶ谷唯湖。
そしてその傍で、はたと何かに気づいた小毬が、頬に人差し指を添えて首をかしげている。

「そういえば……何で私『まんこ☆ろりん』なんていうHNなんだろうね。ゆいちゃん」

「本名と語呂が似ているだろう。……ほら、なんとなく」



 こまり ⇒ こまりん ⇒ まこまこりん ⇒ まんころりん



 枝先で道端にこりこりと、その生成過程を書いて解説する来ヶ谷に、いたく感心している小毬は、今に至るまで
自分のHNの卑猥さに心を痛めたことはなかったのだろうか。能天気に喜んでいる『歩く卑猥言語』と、
その名づけ親と思しき親馬鹿―――来ヶ谷Y湖のやり取りは、滑稽を通り越して、どこか微笑ましさを湛えているような気がしたが、
多分、佐々美の気のせいである。

「つまり、仲の良い腐女子がつるんで、無垢な青少年の友情を曲解させては、その妄想を商業誌という公の場で駄々洩れさせる
ネタを収集するべく此処に集っている、と」

「的確な解説ありがとうございます。ちなみに、笹瀬川さんも腐女子の頭数に換算されているんですよね?」

「冗談じゃありませんわ。どうして、このわたくしがそんな下賎な輩と一緒くたに括られなければならないのですかっ?」

 キンキン声の佐々美に辟易した様子の西園は、後ろで控えていた来ヶ谷と小毬に申し訳なさそうな顔をする。

「すいません。笹瀬川さんは日の当たる場所で一般人の擬態をしてきた年月が長いせいか、今でもこういった風に、
自分の立場を忘れて取り乱すことがありまして……」

「大丈夫だよ、みおちゃん。初めのうちは皆こんな感じだし。さしすせ☆ソルト卿の前世の記憶を取り戻すには、
それ相応の時間と根気が必要なんだよ〜」

「今は否と拒んでいても、所詮は笹瀬川君も情事のイロハすら知らぬ唯の乙女でしかないのだよ。
快楽の手解きを1つ1つ注ぎ込んでいけば、そのうち自分から股を開くようになるさ」

 小毬と来ヶ谷の励ましに、得心した西園は阿吽の呼吸で頷いた。

「なるほど、笹瀬川さんの進捗は我々の調教次第ということですか」

「まぁ、仕込みは後日ということで、愉しみは後にとっておこうじゃないか。今は理樹君と謙吾少年の方が先だ。
当座の完遂すべき目標をお座成りにしてしまっては元も子もない」

 こそこそと円陣を組んでいた流星三姉妹は、ラヴホテル―――の横に寝そべる形で建っている、
理樹と謙吾を飲み込んだ目標地点を盗み見る。そこはまるで、タイムスリップしたかのような昭和初期の匂い漂う、
煙突屋根の古い物件だ。

「なるほど、トルコ風呂か」

「それは1984年12月19日までの通称です。いまはソープランドの方が主流かと」

「ええ〜、そうなの? 私、てっきり特殊浴場だとばっかり……」

 腐臭漂う戯言に、笹瀬川佐々美は唯一の常識者として絶叫する。

「ただの銭湯ですわ!!!!」



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